ノブゴロド大公国

すっかりやられたよ。マノーリン、かたなしだ。

結婚について

 先日、旧友の新居を訪問する機会があった。彼は昨年結婚したばかりである。今までは、男友達の一人暮らしの家に遊びに行くという、何の気兼ねの無さ、気軽さというものがあったが、新婚の夫婦の家となれば別で、若干の緊張と申し訳なさ、遠慮みたいな感情を抱きつつお邪魔した。

 奥様(今日の観点からして適切な表現か迷ったが適当な語が思い浮かばないので使う)が私ごときにわざわざ手料理を作ってふるまってくれ、ワインまでご馳走になってしまった。その料理のひとつひとつが、本当に美味しく、食器も料理ごとに考えて使われていて、もはや店レベルであり、パクパク食べてガブガブ飲んだ。彼女の心遣いと料理のおいしさに感動し、そして感涙し、酔いも回って談笑しているとき、私は自分が座っているダイニングテーブルにふと目を落とした。そうだ、彼には、毎日一緒に食卓を囲む、愛するひとがいるんだな。彼女が作ったもの、彼が作ったもの、外で買ってきたものを、このテーブルに座って、いろんな話をしながら一緒に食べているんだな。この尊い事実に、私はやけに感動を覚え、そして感傷的になってしまった。

「朝飯にハウルっぽいベーコンエッグ作ったんだけどさ、いかにも男の料理って感じだね、って言われちゃったよ」

 彼は嬉しそうに笑った。料理なんてほとんどしたことがない彼が、二人分の朝食を一生懸命作っている様子を想像して、なんだか可笑しくて、私も笑った。

 ふたりで台所に並んで立っているさま、料理や食器やグラスを受け渡すさま、それに伴う、ふたりの会話。どれもが自然で、少しもぎこちないところなどなく、何というか、お似合いであった。この尊い光景はなんだ。ま眩しすぎるぜ。釘や金具を使わない、古来からの伝統工法である木組みのように、ぴったりだった。このふたりは出会うべくして出会い、結婚すべくして結婚したのだとしか言いようがない。私はふたりを見ながら、目を細めていた。

 新居の生活空間もまた、ふたりにお似合いであった。家具などの調度品は、上品でお洒落だが落ち着いていて、同時に質実さも兼ね備えている、アンティーク調の上質なものが設えられていて、ふたりにぴったりであった。彼女のお母様が嫁入り道具として買ってくれたという(この事実にも感動した)書き物机は、ヴァイオレット・エヴァーガーデンがタイプライターを打つときに使ってそうな、英国製の高価なもので、やはり彼女にぴったりだった。好きなものにこだわって、選ぶ、生活空間を彩る。毎日を大切にする。心と体を休める自宅という場所で過ごす時間を、良いものにする。そんな心意気が感じられて、私はまた感動した。

 思えば、ふたりの結婚式も感動した。会場は歴史と風格ある建物で、参列者全員の顔が見える、程よい広さで、これ見よがしの派手な演出やお涙頂戴演出は全く無く、厳かに、しかし和やかに式は進行した。会場も、飾り付けられた花も、料理も飲み物も、ふたりが考えて選んだものだと思うと、嬉しくて、徹底的に味わい尽くしてやろうという気になって、料理は出された瞬間に平らげ、そして酒は飲み過ぎてしまうという下卑た蛮行に出た。おそらく参列者で最も酒を飲んだのは私である。合間で流れる動画は、ふたりのこれまで歩んできた人生と、その人となりが感じられて、やはり感動した。類は友を呼ぶとはまさにその通りで、ふたりの友人たちも、朗らかで落ち着いたひとたちばかりで感動し、精神年齢が中学生で止まっている私は場違いな気がして、いたたまれない気持ちになった。両家のご両親がわざわざ席までご挨拶に来てくださったことにも感動した。一体何回感動したと言うつもりかと思われるだろうが感動したのである。独身女性のエッセイストやブロガーが、友人の結婚式に出席したことを契機に結婚願望を強めたという話をよく書いているが、その気持ちもわかる気がした。

 散々ご相伴にあずかった後、新居をお暇した。

「駅はこの道を行けばあるから」

 しかし私は彼に教えてもらった方向とは全く別の方へと歩いた。歩きたい気分だった。少年時代、私たちは勉強なんかそっちのけで一日中ゲームキューブで遊び、公園で花火を炸裂させ、子どもとはいえ無茶苦茶なことをやっていた。将来のことなんて、考えもしなかったし、想像もできなかった。そんな彼が、この世で魂を分かち合える素晴らしい女性と出会った。彼が彼女と交際を始めたとき、結婚を決意したとき、彼は明らかに変わった。本人は気付いていないだろうが、並々ならぬ、強い意志が感じられた。彼女しかいない、彼女と結婚できないなら、生涯、他のどんな女とも結婚する気はない! 真の愛が、彼を一人前の男にたたき上げたのだ。なんという幸福だろう。愛するひとと寝る、起きる、食べる、生きる、そして死ぬ。俺はただのクソガキのままだ。

 

バーナード・ショーは言っている。

結婚するやつは馬鹿だ。しないやつは──もっと馬鹿だ。