ノブゴロド大公国

すっかりやられたよ。マノーリン、かたなしだ。

相場師に株を学ぼう!

 【免責事項】

 文章中に掲載している情報、書かれている内容は私の独自の調査に基づく個人的な見解であって、正確性や安全性を保証するものではない。また、投資助言を目的としたものではなく、特定の投資手法や金融商品への投資、銘柄の売買を推奨・勧誘するものではない。万が一、本ブログの情報を基に投資を行い、損失などの不利益が発生した場合でも、筆者は一切の責任を負いかねる。最終的な意思決定は、読者諸氏ご自身の判断と責任において行なっていただくよう要請する。

 

 

「資産を運用せし者──、オオオォーッ!」(VA:木村拓哉)

 

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 世の中には賃労働に従事せずパソコンの前でカチャチャやってスマホでポチポチして投資でカネを稼いで生活している者がいるらしい。一体どうすればそんなことができるのか? 知識を得て訓練さえ積めば誰にでもできることなのか? それとも何か特別な才能が必要なのか? 幸い、相場師や(個人)投資家の中には、彼ら自身の思想、貴重な経験や思考過程、テクニックなどを動画や文章に残している者がいる。それらを参照しながら、投資歴7年目の底辺単純労働者兼ド素人弱小個人投資家である私自身の投資体験も踏まえて考えてみたい。

 

 近年は日経平均株価が終値最高値を更新し続けるなど間違いなく歴史的大相場である。はずだが、キオクシアやソフトバンクといった半導体やAI関連銘柄ばかりが高騰して日経平均を牽引しており、バリュー・ディフェンシブ銘柄の株価は全然パッとしない。私の持ち株はバリュー系に偏っているが、含み益はさっぱり積み上がっていかない。どころか、年初来安値を更新するという有り様である──、と随分前に書いていたのだが、最近(7月初旬~中旬)はAI関連銘柄に陰りが見え始め(7月17日、キオクシアS安)、バリュー系に資金が来ているような感じがする。

 1年半前のあの時、キオクシアを買っていれば! あれは買えたはずだ! IPOにも申し込んでいたんだ! 落選したけど上場後に買おうと思っていたんだ! 儲けた奴が羨ましくて仕方がない。損したことよりも儲け損ねた時の悔しさといったらない。プロスペクト理論における機会損失の精神的苦痛である。

 国内NISA口座数は約3000万に迫っている。大半の者はオルカンとかS&P500あたりを積立設定して放置するという「健全」で「正しい」投資を行なっているっぽいが、それでも他者の爆益報告に歯噛みしたり、飽き足りず個別株に全振りする賭博者もいるだろう。

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「勝ったらいいな」じゃない……! 人生は「勝たなきゃダメ」なんだ……っ! 勝たなければゴミ……! 勝たなければ……!

 この手は何のためについている……..? リスクを恐れ動かないなんていうのは、年金と預金が頼りの老人がすることだぜ……。

 たとえどんなに……不運……不幸……不ヅキに見舞われようと……オレは決して諦めない……! 捩じ伏せる……..! 最悪の運命…….境遇….…ありとあらゆる障害……不平……不正……すべてを捩じ伏せ……..オレは勝つ……..!

 

 ……しかし私はカイジのようなギャンブルの天才ではない。ここは一旦落ち着いて、先人相場師たちに学ぶことにする。まずは江戸時代に江戸・蔵前と大坂・堂島の二大米相場で爆勝ちした伝説の相場師にして日本相場師の祖、相場の神様、本間宗久である。

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 1724年(享保9年)、出羽国庄内藩(現・山形県酒田市)の豪商・本間家「新潟屋」当主の三男として当地に出生。10代で江戸・蔵前の米相場を見聞、「投機で大儲けすべし」と父に進言するが、「邪道である」と拒否される。父の死後は跡を継いだ次兄と「新潟家」の経営方針を巡って激しく対立し、本間家から追放される。相場師として身を立てることを決意し、江戸・蔵前で勝負するが大敗、一度破産する。が、体勢を立て直して爆勝ち。「天下の台所」と呼ばれ、世界初の先物取引が行なわれていた大坂・堂島の米相場でも爆勝ち。

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名声を確かなものとする。本間家とは絶縁状態だったが、晩年には酒田米の現物取引と貸金業を営んで更に莫大な財を築き、結果的に本間家を陰で支える役割を担っていた。

 ちなみに、彼を輩出したこの本間家は戊辰戦争時にスナイドル銃など大量の最新洋式小銃を購入、戦後は本領安堵のために奔走、明治新政府に多額の献金や融資を行なって財政を支援した、あの本間家である。

 その本間宗久が晩年の30年を費やして唯一著したとされる『本間宗久翁秘録』という書物がある。「著したとされる」と書いたのは、この秘録は宗久本人の筆によるものではない可能性が高いとされているからである。秘録には、宗久の死後に起きた出来事に関する記述があり、おそらく彼の弟子や関係者が生前の彼の口伝をまとめたものではないかと考えられている。

 秘録の主な内容は相場に臨む際の心構えと、現代で言うテクニカル分析に関する手法である。

 第九十三章 人の商を羨むべからざる事

 九三、人の商を、羨敷思ふ可からず。但し、羨敷思ふ時は、其時の相場の位を弁へず、唯羨ましく思ふ心計りにてする故、手違ひになるなり。

 九三、人の儲けをうらやましく思ってはいけません。うらやましく思うときは慌てて自分もその儲けに乗ろうとするものだから、相場の正しい状況を把握せずに手を出してしまうので、うまくいかないものなのです。

 

第九十四章 腹立売買致すべからざる事

 九四、腹立売、腹立買、決してすべからず。大に慎むべし。

 九四、うまくいかないからといって、決して感情的になって売り買いしては、してはなりませんよ。おおいに慎んでください。

 

第百五十三章 此書他見無用の事

 一五三、此書、懇意の間柄にても、必らず必らず見せ申間敷なり、全く、我一人富まんとには非ず。此書を能々見極めもせず、心安き者に心得、売買致候へば、手違になり、時により身上に拘はり、恨みを受くる故に、必らず必らず他見無用の事、秘すべし秘すべし。殊に三位の伝は天下に稀なる法立にて、知る者少なし。此法に随て売買致時は、神徳利運にして、損すると云ふことなし。大切に心得、秘蔵すべし。慎むべし、秘すべし。

 一五三、この書物は親しい間柄の人にも絶対に見せてはいけません。これは自分ひとりが富を得ようというような了見からではありません。この書をよく理解もせずに、簡単に上面だけ読んで(わかったつもりになって)売買すれば失敗してしまうし、ときには身を滅ぼすことにもなりかねません。そうなったときに恨まれても責任は取れないので、絶対人に見せてはいけないのです。秘密にしてください。ことに三位の伝は天下に稀なる法ですから、知る人も少ない。この法に従って売買すれば、神徳利運があって損をすることがありません。大切に心得てください。秘蔵にしてください。内緒ですよ。

 

森生文乃『マンガ 相場の神様 本間宗久翁秘録〈酒田罫線法の源流〉』(パンローリング、2020年6刷)p.166

 素晴らしい。背筋が伸びます宗久先生。これはもう相場を跳び越えて道、人生哲学の領域に到達してゐる。宗久の墓がある東京都台東区の真宗大谷派・随徳寺では、今もなお彼を私淑する者たちによる墓参が絶えないことにも頷ける。

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「三位の伝(さんみのつたえ)」とは、心が焦るときは三日待て、相場の状況や天井と底をよく見極めて、売るのか、買うのか、それとも休むのかを決めろ、ということらしい。秘録では、勝っても調子に乗るな慎め、欲を出さず腹八分目で利食いしろ、負けても焦るな自暴自棄になるな、休むというのは冷静になって徹底的に考えろということだ、と繰り返し説かれる。

 第百五十三章、此書他見無用の事を読み、宗久先生は本当に偉いお方だと思った。私のような無知蒙昧で愚鈍な人間はすぐに「どうすれば儲かるの?」「儲かる株(銘柄)教えて」と思考を放棄して他者に判断を委ね、いざ損失を被(こうむ)ると「お前のせいで損をした」「どうしてくれるんだ責任取れ」などと逆恨みするのが常である。こういう、人間関係のつまらない面倒事を避けなさい、最終的には自分で考えろボケ、自分で決断しろカス、と仰っているわけである。

 

 似たようなことを、20世紀初頭のアメリカで活躍、大成功しながら2度の離婚と4度の破産の末に拳銃自殺した悲劇の投機家ジェシー・リバモアも、彼唯一の著書『株式投資術』に書いている。

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 昔からディナーパーティーで初対面の人と同席するたび、挨拶もそこそこにいつもこう尋ねられる。

「どうすればマーケットで稼ぐことができますか?」

 若いころは、マーケットから楽に手っ取り早くお金を手にしたいと願う人たちが直面するすべての問題について、懇切丁寧に説明していた。あるいは丁寧に断って、その煩わしさから逃れていた。だが、のちには無愛想に「分かりません」と答えるようになった。

 彼らの無遠慮な質問には耐え難いものがある。

(中略)

 話を進める前に忠告しておく。成功によって手にできる成果は、自ら記録を付け、自ら考え、自ら結論を出すという点において、どれだけ偽りなく誠実に努力したかに比例する。

(中略)

 投機に関心のある人は、投機をビジネスとしてとらえ、ビジネスとして扱うべきであって、ギャンブルと考えてはならない。(中略)投機というビジネスに従事する人々は入手できる有益なデータを駆使して、自分の能力のかぎりまで学び、理解しようと固く決意すべきである。

 

ジェシー・ローリストン・リバモア『リバモアの株式投資術』(増沢和美・河田寿美子訳、パンローリング、2020年4刷)p.10-12

 

 秘録に話を戻すと、テクニカル的な難しくて細かい具体的手法に関しても書かれている。これらに忠実に従って取引すれば絶対に損はしないらしい。が、私はそもそもテクニカルに興味がない。MACDとか移動平均線、出来高くらいは見るが、カップウィズハンドルとか嘘だろと思う。興味がある人は類書もたくさん刊行されているのでそちらを参照してほしい。

 この漫画版秘録の巻末には酒田罫線法の第一人者、林輝太郎の特別寄稿が掲載されている。

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 氏は陸軍士官学校、法政大学経済学部および文学部卒業後、商品先物取引においてテクニカルを中心とした手法を用いて爆勝ち、名を上げ、晩年は個人投資家教育に情熱を注いだ相場師である。

『マーケットの魔術師』(パン・ローリング)にも紹介されているアメリカの大相場師エド・スィコータは、「どうすれば、あなたのような成功者になれますか」という問いに、「見込みが外れたときには直ちに切る。これだけで成功者になれる」と答えたという。

 W氏やスィコータ氏の「悪い玉は切れ」や「見込みが外れたときには直ちに切る」、これがなかなかできない。

(中略)

「ルールを守ること」は、(中略)非常に簡単なものでさえ、いかに困難か、やってみれば、すぐに分かる。W氏はその簡単なルールを守り抜いて成功した。

 そして一〇年。W氏が事務所に訪ねてきたとき聞いてみたら、「資産は一〇億円を超えました」と言っていた。W氏は、単純なルールを守り続けることで、大成功者になっていたのである。

 

林輝太郎「特別寄稿 酒田罫線法」──酒田罫線法で大成功した相場師──

森生文乃『マンガ 相場の神様 本間宗久翁秘録〈酒田罫線法の源流〉』(パンローリング、2020年6刷)p.225

 

 エド・スィコータって誰だよ。当該のジャック・D・シュワッガー『マーケットの魔術師』(横山直樹監訳、パンローリング、2024年20刷)を読んでみる。自らもファンド代表である著者が、一流のトレーダーたちにインタビューするという内容である。聞くところによるとこの本は、爆勝ちしている(個人)投資家の自宅本棚に必ずと言っていいほど架蔵されている一冊であるらしい。続編も四冊ほど刊行されているが、第一作目の本書が一番人気っぽい。本のカバーにスィコータのプロフィールの一部が載っている。

「16年間で25万%という驚異的なリターンを実現したトレードの達人」

 迅速な損切りを重視する順張り(トレンドフォロー)タイプの商品先物トレーダーだそう。2026年現在、79歳の彼の資産は推定で約42億ドルらしい。

 インタビューはタホ湖の畔に建つ彼の自宅兼仕事場で行われている。

Q なぜあなたは他に比べて、はるかに良い結果を残せたのですか。

 僕には才能があるように思う。それは、相場を愛し、常に楽観的態度でいるという僕の哲学と強い関連があるようだ。

 

Q 優れたトレーダーはトレードのための特別な才能を持っているのですか。

 素晴らしい音楽家や優れた運動選手がその各分野において才能があるように、優れたトレーダーもトレードのための特別な才能を持っている。優れたトレーダーは才能に吸収されている人々なんだ。彼らが才能を持っているのではなく、才能が彼らを支配している。

 

Q 本当のところはどうなのですか。

 幸運や知性、才能だとかいうのは、物事を極めていく上で必要なものを表現している言葉なんだ。人間はその人の天職でうまくやっていく傾向がある。ほとんどの優秀なトレーダーは、トレードについての少しばかり特別なひらめきを持っていると思う。人間は生来音楽家であったり、画家であったり、アナリストであったりするんだ。トレードの才能を習得するというのは難しいことだと思う。しかし、既に才能が備わっているのであれば、それは見いだされ、伸ばされていくことになる。

 

Q すべてのトレーダーは勝ちたいんじゃないのですか。

 勝っても負けても、皆自分の欲しいものを相場から手に入れる。

(中略)

 最も華麗で興味深いトレーダーの何人かは、稼ぐためだけにトレードしているわけではないと思う。

 

Q あなたの成功をどう評価しますか。

 僕は成功を評価などしない。祝福する。僕は、成功とは金銭的に何を得たかということではなく、その人が天職を見つけて、それを全うしていくことだと思う。

 

ジャック・D・シュワッガー『マーケットの魔術師』(横山直樹監訳、パンローリング、2024年20刷)p.164-165,174-175,177-178,179

 いや、深いって。哲学であり文学だろこれ。実際、「勝っても負けても、皆自分の欲しいものを相場から手に入れる」という言葉は多くの投資家に衝撃を与えたらしい。インタビュアーのシュワッガーも後記に記している。

「スィコータが最初にこれを発言したとき、私は彼がふざけているのだと考えた。しかしすぐに彼が非常に真剣であるということがわかった。(中略)相場と人間についての非常に刺激的な考え方は、ひょっとすると真実かもしれないと思わざるを得ない」(前掲書、p.179)

 この本にはスィコータの他にも成長株発掘法で有名なオニールのインタビューも載っている。ただし、初版は2001年で、語られている情報はかなり古い点に注意は必要か。しかし具体的な手法は置いておくとして、そのエッセンスは現代にも通ずるように思う。アマゾンのレビューには、トレーダーの生い立ちや前職などの経歴に関するどうでもいい質問回答が多すぎる、という意見が散見されるが、私はむしろそういったことに興味があるためとても面白く読んだ。

 

 最近、スタッズ・ターケルの『仕事!』『死について!』を読んでいる。

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  様々な職業に従事する市井の人々にインタビューした本で、おもしろい。インタビューという形式の効果なのか、かなり赤裸々に本音が語られている。YouTubeにおける「街録チャンネル」とか「トマホーク」の動画はかなり人気で再生数もブン回っており、私も好きでよく観ているのだが、インタビュー形式で他者の人生や生活スタイル、考え方を気軽に深く知ることができる点が通底している。

 

 さて、少しまとめてみると、本間宗久は感情的にならずルールに従って取引すれば損はしない(勝てる)と言い、林輝太郎はそのルールを守ることが何より難しいのだと言い、リバモアは自分の能力のかぎりまで学び、理解しようと固く決意して偽りなく誠実に努力することが必要だと言い、スィコータは優れたトレーダーは生まれつき特別な才能を持っており、その才能を習得するのは難しいことだと言っている。

 

 やはり凡人はキャピタル・インカム不労収入だけで生計を立てるなんぞ馬鹿なことを夢見てないで、毎日過酷な賃労働に従事しつつ黙ってインデックスファンド積み立て投資をしてろということか。と思っていると、才能なんて必要ないと主張する投資家を発見。

 2005年に発表された最後の高額納税者番付(2004年度)において、サラリーマンでありながら第一位、元タワー投資顧問社員、清原達郎である。

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 唯一の著書『わが投資術 市場は誰に微笑むか』(講談社、2024年)は発売と同時に話題になった。

 儲かってしまうと「俺は株の才能あるかも」なんて思うかもしれないですからねえ。これはとっても危険なことです。株式投資に「才能」とかありませんから。

(中略)

 いいですか、もう一度言いますが「株式投資の才能」なんてありません。あるのは「自分の失敗からどれだけ学んだか」だけです。

 

清原達郎『わが投資術 市場は誰に微笑むか』(講談社、2024年)p.144

 株式投資の才能なんてものはないらしい! よっしゃ、才能ない俺でも株で大儲けできるっぽいぜ! フゥハハァ! ……と、ぬか喜びするのも束の間、この本は私のような初心者にはかなり難しい。個人投資家が日本の大型株に分散投資するならTOPIX買うのが一番合理的、個別株をやりたい個人投資家にすすめている方法はバリュー投資で、その中でも破壊力抜群の「割安小型成長株」を選んで投資せよ、イメージの悪い業界に投資妙味あり、役立たず指標のPBRよりネットキャッシュ比率を見ろ、市場暴落時は買い、というのはわかる。著者はかなり嚙み砕いてわかりやすく説明してくれているのだが、しかし「ベイジアン的発想」などを理解し実践するためには数学の素養が必要である。

 また、個人投資家が専業投資家になることを推奨していない。

 とにかく個人投資家の方は節約をして株を買う元手をためることが何より大事です。(中略)

 新聞雑誌を含む他の有料サービスはまったく必要ありません。ぜひ節約してできるだけ多くの株を買ってください。今や世の中は無料の情報源であふれかえっています。世の中で起きている大抵のことはそれでわかります。わざわざ個人投資家の方が情報にお金を払う必要などありません。

 

「手持ちの金を全額株式につぎ込まない」ことが重要です。万が一の株式市場の暴落の際に、株を買うお金が少しは残っているようにしないと。

 

 個人投資家の方がプロの投資家になるのはお勧めできません。ほかに仕事を持っていて収入がないと、底値だと思って全財産を注ぎ込んだ時、さらに下がったらもう手も足も出ないじゃないですか。ほかに収入があれば自由度が飛躍的に上がります。

 

清原達郎『わが投資術 市場は誰に微笑むか』(講談社、2024年)p.31-32,143,254-255

 株に才能なんてない、失敗から学べるかどうかだ、仕事は辞めるな節約して少しでも多くのカネを手元に残して株を買え、と。やはり賃労働は避けられないのか。

 他に本書では、日本人の英語が下手クソすぎて危機的状況、小学校からみっちり英語やれとか、国語の授業削れ、教科書に載ってる文章が下手すぎ、小林秀雄の文章は意味不明で最悪、「それ」が何を指すのか選ばせる試験問題を作れるようなわかりにくい文章を書くな、国語で非論理的思考を訓練するより英語で世界史を勉強しろなど、これからの日本への提言もある(第9章 これからの日本株市場)。耳が痛いぜえ……。

 

 高額納税者番付に載った投資家といえばもう一人いる。日本にはもう採算が取れるような金鉱は存在しないとされていた折、小卒の小僧奉公から出発して戦時中には朝鮮半島で鉱山経営に携わっていた経験と、日々図書館に通い詰めての独学勉強と独自研究、鹿児島県菱刈町現地での私的調査によって、京大の学者や地質学会の名だたる専門家らが否定するなかで大規模金鉱脈の存在を確信、住友金属鉱山株を巡る仕手戦で爆勝ち、1982年度の高額納税者番付第一位、職業欄に「相場師」と記載した唯一の男、「最後の相場師」是川銀蔵、人呼んで「是銀(これぎん)」である。

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 株は大儲けできるものと錯覚し、危険も省みずに株式投資に大金をつぎ込み、人生を棒にふるような人達が出てきては困る。(中略)

 そこで私は自らの人生を自らの手で綴ることにより、株で成功することは不可能に近いという事実を伝える使命があると思い、筆をとることにした。

 

 自分で努力せず、骨折らずに勤めの片手間で儲けようということでうまくいくはずがない。ムシが良すぎる。サラリーマンが二足のわらじをはいてそんなにうまくいくほど、株の世界は甘くない。

 本当に儲けようと思うなら、自分で経済の動きに注意すること。日本経済はもちろん、世界経済の動向、そしてこれを倦まずたゆまず日常見守っていく。これはある程度常識さえあれば誰でもできることだ。

 

①銘柄は人が奨めるものでなく、自分で勉強して選ぶ

②二年後の経済の変化を自分で予測し大局観を持つ

③株価には妥当な水準がある。値上がり株の深追いは禁物

④株価は最終的に業績で決まる。腕力相場は敬遠する

⑤不測の事態などリスクはつきものと心得る

 

 これが、これまで私が書き綴ってきた投資人生のまとめ、投資五ヵ条である。

 ご承知のように私は単なる評論家ではない。ここというチャンスを見つけたら自らバクチを打ってきた。

 

是川銀蔵『相場師一代』(小学館文庫、2022年13刷)p.3,303-304

 本書冒頭で、才能とか以前にそもそも株で成功することは不可能に近いと断言。その理由を是銀は、相場の世界は甘くないのだということに加え、日本の税制は株で儲けても大半を税金として取られてしまい、巨万の富を築けるような仕組みにはなっていないからだとする。1988年まで株の譲渡益は原則非課税だったはずだが、大口の取引はまた別だったのかもしれない。

 で、どうしてもやるというならサラリーマンと二足のわらじじゃ土台無理、毎日徹底的に努力して勉強して世界の経済や市場の動向を注視するとともに大局観を持て、と言う。

 この本は是銀の唯一の著書にして自伝なのだが、壮絶かつ痛快で本当におもしろい。何度も読み返している。読んでいて全身の血液が沸騰してきやがる。大学出というだけで偉そうにしてる連中を蹴散らす七転八起の男の闘い。熱いぜ。

「会社側が菱刈が大金脈かどうか疑っている時に、いくら金山を経営した実績があるとはいえ、どうして住友鉱に出動する判断がついたんですか」

 私の親しい友人も何度かこういった同じようなことを尋ねてきた。

「私は一日一日、それこそ真剣勝負をやっておるんです。失敗しても誰も助けてはくれんし、自分の努力で運命を開拓していく以外、生き残る道はない。だから、私は一秒、一分間に全力を傾けて真剣勝負を続けました。だから、どんな状況の時でも正確な判断が要求され、それを下してきた」

 そうはいってもこれだけで今度の住友金属鉱山の成功を説明しきれるものでない。

「人間には、一生のうち二度や三度のチャンスはある。それを生かすか殺すかの決断のために、日常の努力と精進、そして真面目といった理論と実践とを通じて日夜思考の訓練を重ねることが成功への確率を増進する。そのために数多くの真剣勝負を経験し、勝負勘を養うことだ」

 つまり、「勘」とは、経験の集積から湧き出る真実的総合判断なのである。

 

是川銀蔵『相場師一代』(小学館文庫、2022年13刷)p.289

  執筆時、是銀は御年93歳である。凄すぎる。晩年には是川奨学財団を設立するなど社会福祉事業に尽力、資産はほとんど残っていなかったという。本多静六しかり、こういうカッケえ爺になりたいぜ。

 

 是銀は「最後の相場師」と呼ばれたわけだが、では現代にはもう相場師は存在しないのか。もちろん存在する。

 現代の相場師、個人投資家のcis(しす)である。

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 1979年生まれ、東京都板橋区出身。法政大学工学部4年時の2000年に証券口座を開設し、元手300万円で株式投資を始める。大学卒業後は親戚が経営する会社でサラリーマンとして働きながら、給料のほとんどを割安株を買う長期トレードにつぎ込むが資金を減らし続け、一時は1000万円以上溶かすも、2ちゃんねるのオフ会に参加し、勝っているトレーダーたちと交流したことがきっかけで順張り短期トレードに手法を切り替えて成功。日中相場に張り付くことができないサラリーマン稼業との兼業は難しく、総資産6000万円到達時に専業投資家となり、今日に至るまで「東証は俺の財布」と豪語するほど資産を大きく増やし続けている投資家である。

 彼は麻雀ライター・福地誠のすすめで、唯一の著書『一人の力で日経平均を動かせる男の投資哲学』(KADOKAWA、2018年)を出している。投資手法に関する記述だけでなく、幼少期からの自伝的な内容も多くておもしろい。大学生時に友人に誘われて山崎製パンの冷蔵工場で深夜に柏餅を作るバイトに参加したものの、あまりの寒さにギブアップした話なども書かれている。本の帯には「230億円稼いだ勝つ思考」と書いてあるのだが、本人のX(旧ツイッター)によると現在の資産は640億円(2026年7月時点)となっている。

 投資家仲間を見ていると、それぞれに自分なりの売買のスタイルがある。

 自分の性格と相反するスタイルで勝とうとするのは難しい。自分の性格と折り合いのいい必勝パターンを見つけて磨いていくのが勝てるようになる近道。

 その上で、大きく勝つためには人間としての本能を制御しなければならない。

 

  お金が絡むとその人の本能が勝ってしまう。

 学校の勉強や就活で堅実な人は守備寄りになって、ものすごく利幅が少ない売買をしてしまう。また、学校では豪快な「テストあるのに寝坊しちゃったよ」とか「必修なのに全部単位を落としちゃった」みたいな人は、損益も豪快になる。

 

cis(しす)『一人の力で日経平均を動かせる男の投資哲学』(KADOKAWA、2018年)p.35,107

 cisは不況時に赤字の会社を買う場合と、吉野家や松屋など飲食店の優待食事券のために最低単元保有する場合の例外を除いて、長期投資はやらないと書いている。理由は儲からないからの一言に尽きるし、「明日の株価もわからないで悩んでいるのに、半年後とか1年後、さらには10年後の株価なんて予想できるわけがない」(前掲書、p.84)からだという。株の割安性とか業績などのファンダメンタル要素に関しても、それは勝手な思い込みに過ぎないとする。

 ではどうするのかというと、短期の値動きやチャート、指数組み入れなど「今ある優位性」に張れという。上がり続ける株は上がる、下がり続ける株は下がるという考えのもと、高値圏であろうと買いを入れ、下がり始めたら売るという手法で、これは前述のリバモアも得意とした方法である。ただし、株で一番大切であるとする損切りは迅速に行い被害を最小に食い止める必要がある一方、目先の利確に走らず利益を最大化するこことも重要だという。勝率よりもトータルの損益額を最重視すべきとする。

 聞いてるだけなら、なるほど簡単そうに思えるが、前述の林輝太郎も言っていたように、いざやってみるととんでもなく難しい。私は本書を読み、現代日本を代表する相場師が言ってるんだから間違いないだろうとさっそく実践してみたところ、一ヵ月もしないうちに70万円失った。賃労働者にとって70万円は大金である。これは自分には向いていない、自分は短期攻撃型トレーダーとしての才能や適性には欠けるなと思い、即撤退した。cisは「世の中の8割以上の人は損してしまうことにすごくストレスを感じるはず。そういう人はサラリーマンでいるのがいいと思う。ちゃんと動いていれば毎月必ずプラスになるというのはかなり精神的にいい」(前掲書、p.180)と書いている。

 cisはインタビューで初心者に向けて「株を始めるなら若いほうがいい」「ポジションを持っているかどうかで相場への興味が全然変わってくる」「資金は最低でも給料1ヵ月分」「自分が楽しいと思えることをやったほうがいい」「応援したい会社に投資するのも全然アリ」「好きな会社を買うのもいい」「投資を続けるには楽しいと思えることが大事」と語っている。

froggy.smbcnikko.co.jp

 

 余談だが、本書にはcis妻との馴れ初めが書かれている。『電車男』ブームに乗じた投資家仲間を参考にして、2ちゃんねるの純愛掲示板に「1億2000万持ってます、彼女募集中」「年齢、容姿を問いません」と書き込んだところ、実際に女性から1000通近いメールが来たという。

 テンプレな行動じゃないと、週3か週4で新しい人と会い続けるのは無理だ。

(中略)

 相手の数が多すぎて予定がずっと埋まってしまい、一度会った相手とは基本は会わなかった。ノルマをこなすだけで精いっぱい。それでも深夜に電話がかかってきたり、(中略)他にもいろいろすごいメールがきて、大変だった。結婚がかかったときの女性のエネルギーの恐ろしさを知った。

(中略)

 懲り懲りして打ち切った直後くらいに連絡があったのが今の妻。当時は地方の国立大に通う大学院生で、就活のために東京に来るついでだったらしい。東京に知り合いもいないし、面白そうだから人生経験でメールしてみたという感じだった。

 会ってみたら、それまでの100人以上の女性たちのなかでいちばん自分にピッタリ合う。(中略)

 妻は自分にないものをいろいろ持っていたのがよかった。学校の勉強ができて、武道もやっていて、痩せているけど筋肉があって。見た目も好みだった。

 結婚指輪を買ったときに、なんでも好きなの買っていいよと言ったけど、妻が選んだのは10万くらいのもの。それ以上高いものを買ってあげたことは今に至るまでほとんどない。

 ライブドアショックで5億円損したときもあらあら、みたいな。僕もお金を使うことには興味がないので、そういうところで気があったのもよかったのかもしれない。

 

cis(しす)『一人の力で日経平均を動かせる男の投資哲学』(KADOKAWA、2018年)p.147-149

 ……は? ざけんじゃねえ。やはり持つべきものはカネである。前述の清原達郎は「本の中で株式投資の楽しさも訴えていきたい」「成功も失敗もありましたが、たくさんの出会いがあって基本楽しかったのです」(清原前掲書、p7)と書いているが、そおりゃあ楽しいよなあ! 莫大なカネを株で稼いで、それでいて金銭感覚まともな相性ピッタリ高学歴容姿端麗生涯の伴侶と出会えたらよお!(モニターを叩き割りながら)

 そんな相場人生を送ってきたcisが辿り着いた真理はこうだ。

◉最も魅力的なギャンブルは東証というカジノ

 だからやっぱり相場がいい。相場は、仕事にもなり、趣味にもなり、ゲームにもなる。(中略)

 相場は、最新かつ最先端の学問であり、経済活動でもある。

 最先端だから未来が予想できない。

 究極に近い’’不完全情報ゲーム’’。

 日々やることが勉強になり、実力をつけることになり、お金にもなる。

 勉強したからといって勝てるかどうかわからないのが、いいところでもあり悪いところ。

 勝負を決めるのが総合力になるのもゲームとしての面白さ。

 お金は10万円くらいから参加できる。

 頭がめちゃくちゃよくても勝てるとは限らない。

 判断や行動が早いことも大切。

 人脈だったり、情報だったり、資金調達力だったり、いろいろな側面からの攻略法もある。そういった総合力での勝負だから、ゲームとして壮大。これほどスケールが大きなゲームは他にない。

(中略)

 資本主義は人類史上最高のゲームかもしれない。

 

cis(しす)『一人の力で日経平均を動かせる男の投資哲学』(KADOKAWA、2018年)p.195,197-198

 たしかに株式投資はこの世界を舞台にした壮大なオンラインゲームであると言えなくはないか。前述のスィコータが言っていたように、彼もまた、もはや稼ぐためだけに相場をやっているわけではないようだ。

 

 私はずっと投資投資と書いてきたが、それは主に株のことである。FXや商品先物や金銀銅などは、一応指標として価格や市況をたまにチェックしてはいるが、あまりおもしろいと思えない。そういう人は多いのではなかろうか。

 ずっとなぜだろうと考えていたのだが、的確に書いている投資家がいた。

 

 専門学校を中退してネトゲ廃人だった時代に、たまたま株を題材にしたドラマ『ビッグマネー! 〜浮世の沙汰は株しだい〜』を観たことで株に興味を持ち、ゲームセンターでのアルバイトで種銭65万円を貯め、専業投資家として150億円以上稼いで成功した片山晃(ハンドルネーム:五月)である。

改訂版 勝つ投資 負けない投資

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 僕は今のところ、株以外の金融商品にはまったく興味がありません。それはなぜかというと、きっと株式投資には体温が感じられるからだと思います。僕は自分の資産を増やすために企業の業績に投資をしていますが、その業績をつくるのは企業を形成している社員の人たちです。人の営みがつくり出すものだからこそ、そこにはさまざまなドラマやストーリーがある。為替やオプション、商品先物のような無機質なものにはない人間臭さや人がつくる歴史に大きな魅力を感じています。

 

片山晃・小松原周『勝つ投資 負けない投資』(クロスメディア・パブリッシング、2024年)p.254

 片山晃、文才がありすぎる。支倉凍砂原作『ワールドエンドエコノミカ』アニメ化に向けたクラウドファンディングに際しての文章は名文である。

kabutouma.hatenablog.com

 わずか数十万円の元手で口座を開いた当初の自分には、どれほどの想像力を働かせてみても今のような状況を思い描くことはできなかったでしょう。ですが、それは自分に相場の特別な才能があったからとは思いません。戦国時代の猛将が現代に生まれても活躍の場がなかったように、あるいはそれまで埋もれていたエンターテインメントの才能がYoutubeで開花したように、成功とは常に時代というスポットライトを浴びることなくして生まれることはありません。

 私がこのキャリアをスタートした2005年は、ライブドアや村上ファンドが耳目を集め、日本中がデイトレブームに沸いた熱狂の頂点でした。もう少しタイミングが早ければ、そもそもオンラインで手軽にトレードをするという機会が存在しなかったし、遅ければリーマンショック後の荒廃したマーケットの中で、相場のポテンシャルを体感することなくその場を去ることになっていたかもしれません。日本の株式史上、最も良いタイミングにたまたま自分が株を始めることができた、その幸運が全ての前提にあります。

 私はこうも考えます。ウサイン・ボルトよりも足の早い人間は、この地球上におそらく存在しないと。なぜなら、走るという基礎的な身体能力を試す機会は必ず存在し、その才能が見いだされないままに終わる可能性は極めて小さいからです。しかし、株の運用はどうでしょうか?学歴で厳しく選抜されたごく少数の中から、たまたま運用部に配属された何人かだけがその能力を試す機会を与えられます。その人類全体から見ればあまりにも小さなプールの中に、本物の才能がいる可能性がどれほどあるでしょうか。私たちは社会の仕組みによって、年金や保険などを通じて否が応にも相場に参加させられているのに、その大事な大事なお金の運用を、本当に能力があったかどうかも疑わしい極めて少数の人材に委ねているのです。この構造そのものが、システムに気付いた者に際限なく富を供給する装置となっているわけです。

 もちろん、自分はとんでもない株の天才なのではないかと勘違いした時期もありましたが、長いあいだ相場と向き合い、こうした事実に気が付くうちに、いつしか自分は相場に勝たせてもらっているだけなのだと思うようになりました。

 

 

 さて、まとめに入る。様々な投資家や相場師の本などを読んで、その思想を追ってみたわけだが、私の感想としては、「こんなの常人には到底到達できない領域だろ」ということに尽きる。

 失敗したくない、損したくないという人間の本能に抗い、自分の失敗を認め、そこから学び、手法やルールに厳格に従うことができるのは、間違いなくひとつの才能である。才能は必要ないといっても、そもそも本を最後まで通読し、書かれている内容を理解して、その通りに実践できることすらもまたひとつの才能であると言うことができる。イチローが「ぼくはただ努力し続けただけ」と言うことに対して、「その努力を続けることができるのが才能であって、あんたは努力の天才だっつってんの」と思うことと同じである。

 

 トルコ出身のエコノミスト、エミン・ユルマズはこう語っている。

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Q エミンさんは、常々トレーダーは才能だと仰っていますが、具体的にはどういう意味でしょうか? 性格的なことでしょうか? それとも、スキル・能力に関することでしょうか?

 

 投資っていうのはサイエンス、つまり科学・学問です。ただし、トレーディングっていうのは藝術・アートです。スキルです。

 投資っていうのはやり方があって、ちゃんとそれを勉強して教科書通りにやれば、もしくはちゃんとした人が教えるのだったら誰でもできるんですよ。これは私は自信があります、誰にでも投資を教えることができます。小学生でも中学生でもどんな人にでも教えることはできます。簡単です、難しくはない。科学だから、学問だから。ちゃんとステップ、ABCがあります。

 ただしトレーディングの場合は、生まれ持った感性もあるし知識も必要だしスキルも必要だし、ちょっと難しいんですよ。それは藝術に近い技っていう意味で言ってるんです。否定してるんじゃなくて、難しいから、そこをちゃんと皆さんが(わかっておく必要がある)。

 私自身も自分を評価するとすると、自分は良い投資家だとは思ってるけど、良いトレーダーだとは思いませんよ。先物のトレーディングもやりましたけれども、上下したときの値動きにすごく感情的にやられてしまう面もあるし、自分にトレーダーとしての良い評価は与えなかった。

 トレーディングはやるべきじゃない、投資をやるべきです。トレーディング的なこともやってますよ、まったくゼロってわけじゃないけど、メインはやっぱり良い資産、バリューを見つけて、そこに資金を集中的に落として、少し待ってもいいから、ちゃんとリターンを得ると。それがいわゆる投資のABCなので、難しい判断ではありません。

 もし毎日短期的なトレードをするとなると、たぶん僕は一瞬で破産してしまいます。僕自身ができないことを人に教えることはできませんし、たとえできたとしても教えることはできないと思います。

 直観、感性ありますよ、勝負師的な。これポーカーでもあるんですけど。ちょっと違うスキルセットが必要な分野だと思うんで、トレーディングっていうのは。僕は逆にすごく尊敬します。市場で長年に亘ってちゃんとやられないで、どの場面も乗り越えてるトレーダーは私は凄く尊敬してます。

 藝術家でも弟子になることはできるけど、その人と同じ領域に達するかはわからないですね。その人の能力次第。

 

【エミQ】教えて!エミンさん Vol.9「日本株市場の活性化」「高配当投資について」「外食関連の見通し」「トルコの天然ガス田発見」「トレーダーの才能とは」

(探究!エミンチャンネル、2020年9月8日)

19:08~

 

 やはり凡人は心底嫌な思いをしながら過酷な賃労働に耐えつつ、徹底的に倹約し、わずかに手元に残ったカネをひたすらオルカンなどのインデックスファンドにチマチマ入金し続ける科学的王道投資法でセコセコ増やすしかねえ。その先に何が待ってるのかはわからねえ。一緒に確かめに行かないか?

 長期的に見て投資家が失敗する原因の一つは、激しい下げ相場に遭遇してパニックに陥り、上記のような最大の上げ相場に参加する機会を自ら放棄してしまうことだ。この教訓は明らかである。投資家は、「稲妻が輝く瞬間」に市場に居合わせなければならないということだ。相場のタイミングにかける投資は間違っており、決して考えてはいけない。

 

チャールズ・エリス『敗者のゲーム〈原著第6版〉』(鹿毛雄二訳、日経BP、2020年14刷)p.40

 

 

「勝っても負けても、皆自分の欲しいものを相場から手に入れる」

 

「稲妻が輝く瞬間」

 

 株も女もチャンスがあれば……そん時ぁ……イクぜぇ……?

 

 へ、へ、へ!

 

(完)

 

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とある男の日記(ダイアリー)2026年6月編

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6月1日(月)

 日経平均株価、終値最高値更新記念パピコ。6万6934円(前日比+604円)。

 夜、スーパーで購入しておいたお徳用乾燥高野豆腐を、白だし・みりん・醤油・砂糖で作っただし汁で煮て食べる。おいしくて最近はこればかり食べている。

 

6月2日(火)

 夕方、職場休憩室に置かれているダンベルやハンドグリッパーでごく軽く筋トレしたのち、給湯室にて、福利厚生の一環として無料で用意されているお徳用煎茶を淹れて椅子に腰かけながらまったり啜っていると、突如営業所フロアから怒号が聞こえてくる。何事かと周囲にいた数名で恐る恐る覗いてみると、複数の社員が明日の出勤について主任に詰め寄り猛抗議している。

「おい、明日どうすんだよ!」「まさか出勤しろとか言うんじゃねえだろうなあ!? ああ!?」「いくらなんでも酷いんじゃない? それは。ケガしたらどうすんの? 死んだら責任取ってくれんの?」

「鉄道が動いていれば基本的には出社ということになってます……」

「駅までどうやって行くんだよ! お前は自分の家族にも同じこと言えんのか? 台風の暴風雨の真っただ中に喜んで笑顔で家から送り出すのか? 常識的に考えろって!」「サイコパス野郎!」「こんな会社に勤めてる人間に常識とか良識なんて備わってないことはわかってるけどさ、言わせてもらうよ。通勤途上災害が多発してるからくれぐれも気をつけるようにって掲示板に貼ってあるけど、なんでこういう時はだんまりなの?」

「心配な方は会社に泊まっていただいて……」

「おう、じゃあ泊まってやるから時給払えよ。あと宿直手当も付けろ。今ここで一筆書いてハンコ押せ。お前にそんな権限あるならなあ!」「お前ごときじゃ話にならん。大体なんでこんな有事に管理職は直帰なんだ? 舐めてんのか? お?」「本社から指示は来てないの?」

「まだなんとも……」

「遅(お)せえんだよ判断が! 何万回も同じこと言わせんなゴラァ! 俺が本社の馬鹿どもとナシつけてやる! 電話貸せぇ! 寄越せっつってんだよオラァ!」

「や、やめてください! 勝手なことしないで!」

 ドガシャーン! と、けたたましい騒音が聞こえるにつけ、あまりの狂乱ぶりに大爆笑してしまう。しかし実際のところ、出勤すべきなのか迷うほどの嵐だったらどうすれば良いのだろうか。近くにいた先輩社員に訊いてみる。

「お前何年いんだよ。いい加減わかってんだろ? ケガすりゃ通勤途上災害で労災の休業補償給付貰いながら休み放題だろうが。大チャンスだぞ」

 

6月3日(水)

 日経平均株価、終値最高値更新記念パピコ。6万8402円(前日比+1667円)。

 台風が直撃するが公共交通機関は動いており、昼過ぎには雨風も大分弱まる。

 カップヌードルを食べて出勤。

 

6月5日(金)

 昼前、携帯に着信。

「区の粗大ごみ回収の者です。品物が見当たらないんですが……」

「あれ、今日の朝、集積所に置いといたんですけど」

「あー、誰か持って行っちゃったのかもしれないですねえ。もし見つかったら、また回収に伺いますんで清掃事務所に連絡してください」

 ぶっ壊れたオーブントースターをどうするのか。修理して使うのか転売するのか、それとも分解して金属くずとして売るのか。いずれにしても俺は処理券を買って、つまり行政にカネを払って依頼してるんだ。持って行くなら俺にカネ払え。ざけんじゃねえ。

 

 昼過ぎ、先輩社員の畦(あぜ)さんから着信。

「アヒャヒャヒャーッ! お疲れ! 橋元クン! 着いたから降りてきてくれよ! ヒャッ!」

 迎えに来てくれた畦さんのクルマに乗り込む。途中、同じく先輩社員の宗像(むなかた)さんを拾って関越道を北上。途中、高坂PAで休憩。二人はうどんを食べていたが、私は夕食に備え何も食べず。

 慢性的に酷い渋滞で有名な関越道だが順調に流れており、予定より早く群馬県渋川市に到着。グランピング施設へのチェックインには早過ぎたため、チルの前哨戦として坂東橋緑地公園でマイナスイオンを浴びることにする。晴れたり曇ったりの妙な天気だが、比較的涼しく快適。

 初めて利根川を見て感動する。小学校の社会科で習った内容で覚えていることは二点のみ、日本一長い川は信濃川、流域面積日本一は利根川。その利根川である。

「これをずっと下っていったら銚子まで行けるよ」と宗像さんが言う。長さを調べてみると、信濃川の367kmに次ぐ322kmで日本第二位だった。そりゃ銚子まで行くわ、太平洋に出ちゃうわ。などと雑談しているとチェックインの時間になったため、施設に移動。

 受付事務所に入ると、ユーチューバーの「ヒカル」のサインや施設スタッフと写る写真が飾られている。2022年10月27日公開の動画『【男の夢】AV女優5人と行く湯けむり温泉旅行でカップル誕生していちゃいちゃ膝枕はじまったwww』の撮影で訪れたことがあるらしい。鍵を受け取って宿泊する棟へ向かう。

 ポーランドから輸入したというテント。隣にはバーベキューグリルとテーブル、椅子が設置されている小屋。写真を撮り忘れたが、室内はシングルベッド4台、長ソファ2台、化粧台、冷蔵庫、エアコン、電源完備。かなり広い。ドア反対側のテントの一面には透明のアクリル板が嵌め込まれており室内から外を眺めることができる。入室と同時にドア外に蚊取り線香、室内には備え付けの電気蚊取り(ノーマット)を設置して虫よけ対策を固め、チルの邪魔をする要素を徹底排除する。

 施設のバーカウンターで時間制限ありながら飲み放題ということでビールやハイボールを取りに行き、テント内で飲みながら音楽をかけCBDを吸いまくり本を読み、各々チルに没頭。

 テント外には焚き火台もある。隣の若者たちはすでに夕食バーベキューに突入していた。

 テント外に置かれているリクライニングチェアに座ると(おそらく)榛名山が見える。
 18時頃、バーベキュー小屋に移動し夕食。食材・器具等はすべて用意されている。食事の準備と説明をしてくれた若いお姉さんの群馬訛りがカワユス(ニチャア)。調理と食べることに夢中で焼き上がりの写真を撮り忘れる。ミネストローネ、最近飲食店ですっかり見なくなったバーニャカウダ、アヒージョ、パプリカ・ピーマン・玉ねぎ・しいたけ、タラバガニ、地元産の豚肉・サーロイン、パン・白ご飯、アイスクリーム。

 

 食後、併設の温泉施設で入浴。露天風呂に入って景色を楽しみつつ、ルンバみたいな自動芝刈りロボットが動き回る様子を観察する。

 入浴後、テントに戻り、ベッドに寝転がって各々チル続行。時折、誰かがぼそっと話題を提供。

「橋元クン、キミが絶賛してた『響け! ユーフォニアム』、つまんなくて一期の途中で観るのやめちゃったよ! あれおもしろいかい?」

「は? 三期まで観てから結論出してもらっていいすか? わかりませんか? 感じやすく傷つきやすい青春の情熱、葛藤、挫折、胸に迫り来る哀愁と郷愁──。わかんねえかなあ? わかんねえだろうなあ! ちったあ作者や登場人物の気持ち考えてくださいよ! そもそも京アニ作品見たことあるんすか? ハルヒは? クラナドは? ない? ハッ! てか、前におすすめした『ラ・ラ・ランド』観ました? 観るって言いましたよね?」

「ヒャッ! 観てないよ! ミュージカルなんて、観てるこっちが恥ずかしくなるような──」

「最後まで観ろっつってんだろうが! ぼく言いましたよね? ぼくもそういうふうに思っていた時期がありましたと! あの映画は歌も踊りも確かにクソだが、そのすべてはラストシーンのための余興に過ぎないのだと! 登山好きなのに『剣岳 点の記』もつまらなさそうって決めつけて観ないし! つまらないのは作品じゃなくてあなた自身だ! もうわかりました! 断言します! 畦さんはこの先も一生観ることはないでしょう! 観るつもりも毛頭ないんでしょう! あなたはかわいそうなひとだ! まったく!」

「アヒャヒャヒャーッ! 言わせておけば! いいかい? 大前提として、オレはキミのような暇人じゃないんだよ! 姉貴は結婚して家を出たから、普段はパーキンソン病のオヤジを看病するオフクロを、つまり家族を養い助けるために猛烈に働かないといけないし、休日だってやらなければならないことがたくさんあるんだよ! キミはいいよな! 自分のためだけにカネと時間を使うことができるんだから! そんな誰に対しても何の責任も負わず、ただいたずらに時間を持て余してるだけの暇人のキミは果たして『銀河英雄伝説』やファーストガンダムを観たのかい? 教科書読まずにアニメというカルチャーを語るのかい? どうなんだい! ヒャアッ!」

 私たちのスパーリングを酒を飲みながら聞いていた宗像さんが爆笑する。

「宗像さん、笑ってる場合ですか? ぼくたちは真剣なんだ! ……そういえば付き合ってる彼女とはどうなってるんです? 結婚しないんですか?」

「俺も彼女も四十半ばのギリ氷河期世代、今さら結婚してもね、あと十歳若ければ、って話してるよ。二人に言っておきたい、動くなら早い方がいい。収入がどうとかつまんないこと考えるな。ここに勤めてればクルマも家もローンは問題なく組める。カネは何とでもなる。橋元は良いひといないの? 何が何でも積極的に行くべきだぞ。十年後、絶対後悔するから」

「ぼくが良いな、好きだなと思っても、相手がそう思ってないしそう思うこともないんですよ! それに、ぼくは良き彼氏にも夫にも父親にもなることはできない人間であるという確信を年々強めてます」

 畦さんがすかさず横やりを入れてくる。

「ヒャヒャヒャヒャ! よくわかってるじゃないか! キミのような偏屈クセ強(つよ)自堕落男じゃねえ! アスカも言ってただろう! 『ガキに必要なのは恋人じゃない、母親よ』ってねえ! アヒャヒャヒャヒャヒャーッ!!」

「あなたに言われたくないですよ! 畦さんこそどうなんです! ぼくを遥かに凌駕するアク強(つよ)・クセ強(つよ)とはいえ30代後半で年収は800万に届きそうだし顔も悪くない元陸上部で筋肉質高身長、なんで結婚しないんです!」

「ヒャッヒャー! オンナなんてゴミメンタルのクソめんどくさい生き物と一緒に暮らすなんて御免だね! 風俗でカネ払って後腐れなく気持ち良くなるだけで充分さ!」

「最低だ! 女性蔑視だ! 完全に女性をモノ扱いしている!」

「キミに言われたくないね! 髪コキだ口内射精が最高だの言ってるヤツにさ!」

「ぼくは女性を崇拝しているし、据え膳は心ゆくまでおいしく頂くのが礼儀だからですよ! クンカクンカ! ハムッ、ハフハフッ! この髪……すごくサラサラすべすべしているねえ……とても丁寧に手入れされている……髪はオンナの命だからねえ……。オラッ! 漏れの熱く怒張したペニスに巻き付けてシュ! シュ! して汚してやるよ! ほうら舌出して……ヌプクチュッ! チュゾゾゾオーッ! プハーッ! おいちい♡ 下のお口も同様に……ペロペロォ! チュゾゾゾオーッ! プハーッ! おいちい♡ なめらかふともも、さわさわモミモミィ! さあ、仕上げだね……ズププッ……ニュルンッ! あー、温かくて柔らかくてぬるぬるしてて……気持ちエッ! 漏れの尿道口できみの子宮口に接吻(キス)──。おほッ♡、タマ上がってきた……漏れの生殖器がきみを孕ませたがってるよォ♡ ……ヴッ! 膣内(なか)に射精(だ)すぞッ!♡ ボクたちのベビたん産んでえッ!♡ ドピュルウウッ! フヒッ……♡ 気持ちエッ!」

「ヒャアアアアアアアアアアッ! キモい! 最高にキモいよキミ!」

「そう! キモセ(キモいセックス)こそ至高! キモい下衆男の醜く薄汚い性欲で美しく気高い女性性を蹂躙! ……なにい? 『あの日』だからできないぃ? じゃあ口内(くち)で全部受け止めてくれるよネェ……?(ニチャア) ヴアッ! 射精(だ)すぞッ!♡ ドピュルウウッ! フヒッ……♡ 気持ちエッ!」

「お前らちょっと飲み過ぎなんじゃないのか……? イカレた性癖が外まで聞こえてるぞ」

「イカレてるですって? 澄ました顔して歩いてるアイツもコイツも夜な夜なもっとエグいセックスを、ヤることヤって性愛の充実を味わってるんです! 不本意ながら実践できず口に出して言ってるだけのぼくの方がよほど健全だ! まともだ! ぼくのpenis(ピーニス)に宿るpathos(ペーソス)! ぼくは誰とも心を通わせることができず、そして身体を重ねることもまた叶わずに死ぬんだ! まあいい! 大義に殉ずる者に女など、性生活など不要!」

「お前に大義なんてものがあるのか? お前の大義ってなんだ? え、おい?」

 腰を振りながら泥酔ホモソ猥談スパーリングに興じていたが、徐々に畦さんの反応が鈍くなり始める。

「ちょいちょい、まだ寝るのは早いですよ! 夜はこれからです! 星空眺めるんじゃなかったんですか!」

「ヒャ……。曇ってて碌に見えやしないじゃないか……。どうでもいいよ星なんて……。オレはもう寝るよ……」

「やっぱり星なんかに興味ないんじゃないすか!」

 私の指摘に答えることなく畦さんは鼾(いびき)をかいて寝てしまう。

「まあ運転してもらったし、疲れてるだろ。明日もあるから、寝てもらおう」

 グリコ・クラッツ・ペッパーベーコンを紙コップに開けて酒盛り再開。

「宗像さん将来は関西帰るんですか? 彼女はどうすんです?」

「迷ってる。帰省した時にいろいろ求人見てるけど、首都圏と比べるとどうしても給与水準が数段落ちるよな。彼女は会社勤めじゃないから、飲み屋で働いてんだよ。本人は身軽で、いつでも辞めて他の仕事したいって言ってるし、まあ帰るなら一緒に来てほしいわな。橋元はどうすんの?」

「ぼくは気づいてしまいました。最強の社会階級は農家(ファーマー)だということに。よって鹿児島に帰って、さつま芋を作ります。青木昆陽もさつま芋を作れと言ってたでしょう。もしくはお茶農家になります。知ってます? 最近抹茶が爆売れしてて、原料となる茶葉が圧倒的に不足してるらしいんです。しかし生産者は減少の一途を辿ってる。これ大チャンスでしょ。コンピュータやAIを駆使して省人ハイテク化して品質も生産量も爆増させてやるんだ。加えて、東出昌大みたいに狩猟免許取って地元の猟友会に入って農閑期には狩りをします。知ってます? 彼が『脂飲めるくらい旨い』と評した絶品ジビエである穴熊の日本有数の生息地なんですよ鹿児島は。市街地にも出没するくらいですから。それらの様子を彼みたいにYouTubeにアップしてもいいな。そうして晴耕雨読の日々を送ります。都会で偉そうにしてる頭でっかちの勝ち組ブッてるブルシットジョブ従事キラキラエリート気取りや低俗なカネの亡者どもは飢えて死にます。一方ぼくはホクホクさつま芋を食べ、穴熊の角煮で白飯をかっこみ、茶を飲みます。ぼくは競争に敗れて都落ちするのではない。ぼくは決して敗北などしていない! 帰郷運動を展開するんです!」

「聞いた俺が馬鹿だった。お前がいつにも増してくだらんことペラペラ喋りまくりだすってことは相当酔ってるな。この辺でやめとけ。付き合ってらんねえよ。俺も寝るわ。おやすみ」

「ちょっと! まだぼくの話は終わってませんよ! これは地方から出稼ぎに赴いた都市でルサンチマンに身を焼かれ燻(くすぶ)っている、とある男の壮大な逆襲の計画の序章に──」

 宗像さんの凄まじい鼾が聞こえてくる。一人取り残されてしまう。仕方がない、自分も寝ようと思ったものの、一抹の不安が頭を擡(もた)げてくる。

「(この熊が唸ってるような鼾の大合唱、朝まで続くのか……?)」

 とても眠れやしない! たまらずテントから飛び出し、外のリクライニングチェアに腰かけてCBDを吸いながら渋川の夜景を眺める。涼しい。空気が旨い。しばし目を閉じていると微睡みを感じたためテントに戻り轟音の中を無理やり就寝。が、度々目が覚め熟睡はできず。

 

6月6日(土)

 7時起床。

「グオアッ! お、もう朝か。いやー、久々に爆睡したわ」

「ヒャ~ッ! 良く寝た! 良い朝だ! 最高にチルいですね! ……って、一体どうしたんだよ橋元クン!? いつも以上に不貞腐れたツラして!? 目は充血してるし目元にクマまで作ってゲッソリして!?」

「じ、冗談じゃない! 何が爆睡だ! 何がチルだ! 気づいてないんですか!? 二人とも病的な鼾でしたよ! 睡眠時無呼吸検査を受けるべきだ!」

「悪い悪い。もう受けてるよ。次はCPAP持ってくるから許せ」

 小屋に移動し朝食。コーンスープにサラダとオレンジ。酢を利かせたドレッシングが美味。メインは自分たちでメーカーを使い調理するホットサンドだが、二日酔いで食欲が無く私は食べず。写真も撮らず。

 食後はテント内で各々コーヒーを飲みながら横になる。荷造りを済ませ10時にチェックアウトする。

 酷い二日酔いで堪らずファーマシーに寄ってもらう。宗像さんおすすめのツムラ漢方・五苓散を買って飲み、忽ち回復する。これは凄い。が、相応に価格が高い。

 クルマで渋川駅前プラザ内「しぶかわ名産品センター(しぶさん)」へ向かう。店舗入口前の路上で熱心に足元を撮影している観光客を発見。

 イニDのマンホール蓋が設置されている。

 渋川市は伝説のカー漫画にして金字塔、『頭文字D』の聖地だった。ついお土産を買ってしまう。「マンホールカード配布してますからどうぞ」と言われ、せっかくなので貰う。マンホールカードは配布場所が限定されており、一人一枚のみ、実際にその場所に足を運ばなければ貰えない物らしい。

www.gk-p.jp

 その後は関越に乗って帰路に就く。途中、三芳PAで休憩。「どうとんぼり神座」でラーメンを食べる。食後、畦さんがお土産コーナーで岐阜の名産品「朴葉味噌(ほうばみそ)」を購入。「何ですかそれ?」と聞くと、「オイオイ橋元クン! アニメ『美味しんぼ』第118話『挑戦精神』で、カメラマンの金城さんを説得するために山岡栗田コンビが用意した食べ物だろう! 全然ちゃんと観てないじゃないか! 頼むよ!」と詰められ、車中、YouTubeでその回を復習させられる。

「キミが一番好きな回を教えてくれよ!」

「『ハンバーガーの要素』ですかね。海原雄山がハンバーガーを『アメリカ人好みの浅ましい食い物だ!』って酷評する──」

「ヒャヒャーッ! 宇田が美食倶楽部時代に漬けたピクルスをゴールドバーガーの開店祝いに送ってくる雄山のツンデレが発揮される回だね! ヒャッ!」

 あまりの反応の速さと詳しさに宗像さんと笑う。美味しんぼ談義をしつつ自宅前まで送ってもらう。畦さんは飲まないというので残った缶チューハイを貰う。

 帰宅後、入浴。ほとんど寝ていなかったため万年床煎餅布団に横になった瞬間に泥のように眠りこける。

 後日、購入したイニDグッズを箱に詰めて郵便局より実兄宅に発送。兄、喜ぶ。

 

6月7日(日)

 午前10時起床。知覧茶とバナナ。

 アマプラで今さらながら『国宝』を観る。

国宝

国宝

  • 吉沢亮
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 吉沢亮と横浜流星の演技が凄すぎて目が離せなかった。目が離せないといえば森七菜の濡れ場、最高だった。「わたし〇〇さんの奥さんになる」森七菜から積極的にヌプクチュと舌をねじ込んだディープキス正常位セクース! 漏れ出る喘ぎ声ぇ! 「俺も覚悟を決めてるよ」と髪を掴んで頭をがっしり抱きしめ、蛇のごとく絡み合いながら腰を打ちつける正常位セクース! いいっすねえ~! 

 が、私は吉田修一の作品があまり好きではない。必ずと言っていいほどゲイが登場するBL・男色要素があるので、もういいよと思う。

 今作はおもしろかった。しかし、言うほど傑作かというと疑問。実写興収を塗り替える記録を打ち立てたのはSNSや口コミによるバイラル効果か。

 

6月14日(日)

 アマプラの「人気上昇中」に2019年のTBS日曜劇場枠ドラマ『グランメゾン東京』が出現していたので半日費やしてつい全話観てしまう。

 おもしろかった。が、野暮な田舎者である私は木村拓哉お馴染みの気障(きざ)ったらしい役柄や演技、都会的で洗練された劇中世界観や衣装に多少胸焼けする。

 主演の木村拓哉や鈴木京香が劇中で度々「三ツ星取るぞ」とハンドサインを披露するのだが、人差し指と親指をつけてOKサインのような形を作り、中指と薬指と小指で3を表現する。たしかにその方がラクだなと思うが、私であれば親指と小指をつけて人差し指と中指と薬指で3を表現する。

 お洒落で綺麗なロングコートを着て、スバル・フォレスターに乗って豊洲市場に食材の買い出しに行くな。ドカジャン着てサンバーバンに乗って行け。

「“大人の青春”をかけたヒューマンストーリー」との触れ込みで、主人公もヒロインも「おじさん」「おばさん」と自嘲も込めて互いに罵り合うが、中年の恋愛や若者じみた軽いノリ、掛け合いは見ていられない。キツい。

 

6月15日(月)

 日経平均株価、終値最高値更新記念パピコ。6万9317円(前日比+3297円)。

 

6月16日(火)

 この頃、やけに疲れやすく、疲労感で気分まで沈みがちになっている。毎年夏にインフルやコロナに罹患し体調を崩しているため、今年も罹りそうな予感。

 気休めで良いから、何かサプリはないかとアマゾンで探していると、ウェルモット製薬「50倍濃縮マカ亜鉛ビタミンシトルリン葉酸バイオペリン黒にんにくアルギニン高麗人参トンカットアリすっぽんサプリ」を発見し、購入。プラシーボでも何でもいい。「プラシーボもれっきとした効果だ」と友人が言っていたのを思い出す。

「理想のコンディションのために」と銘打たれしサプリメン──、さっそく飲んでみる。

 

 ……漲ってきたああああああッ!!!

 ……と思い込むことにする。

 

6月17日(水)

 日経平均株価、終値最高値更新記念パピコ。6万9902円。

 

6月18日(木)

 日経平均株価、終値最高値更新記念パピコ。7万1053円(前日比+1151円)。

 

6月19日(金)

 日経平均株価、終値最高値更新記念パピコ。7万1250円。

 キオクシアの株価が10万円を超える。買えなかった私は投資の才能が無い。度胸も無い。どうして差がついたのか……慢心、環境の違い。悔しくて膝を拳で殴りつけていたら痣ができてしまう。ざけんじゃねえ。

 

6月20日(土)

 朝から時折強まる雨。昼、先日スーパーで購入しておいた割引の鶏そぼろ弁当とカップうどん。昼過ぎ、地下鉄に乗って飯田橋に向かう。

 16時より飯田橋駅付近の貸会議室にて、トルストイ『イワン・イリイチの死』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2006年)読書会が開催される。参加者は9名。

 トルストイといえば昔、NHKの日露戦争を扱ったドキュメンタリーで紹介された「隣人愛を説くキリスト教徒と、一切の殺生を禁じる仏教徒が殺し合うとは何事か」というような彼の言葉が強烈に印象に残っている。出典は『汝、悔い改めよ』なのだろうか、わからない。トルストイの作品は学生の時分、新潮文庫の『光あるうち光の中を歩め』と『人生論』、岩波文庫の『人は何で生きるか』を読んだがおもしろくなく、長編ならどうかと『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』を読み始めたが挫折し、トルストイは自分には合っていないのだと自らを納得させて、今でも部屋の片隅に埃を被った文庫本が積んである。

 だが、この『イワン・イリイチの死』はなかなかにおもしろかった。実在した人物をモデルに経歴や病状などを詳しく参考にして生み出された主人公であるイワン・イリイチという裁判所判事の男が病に侵され、自分の命がもう長くはないことを悟る。周囲の人間の冷酷さ非情さ、家族や医者の無理解に怒り、疼痛と孤独と絶望のなかでこれまでの人生やこれから訪れる死と向き合う。死の間際、最期に一縷の光、救いを見出し、死の恐怖から解放されて安らかに死ぬという話である。

「私が存在しなくなるとしたら、いったい何が存在するのだ? 何も存在しなくなるだろう。それに私が存在しなくなったら、その私はいったいどこへ行くのだ? 死、だろうか?」

 

「死ぬんだ。そうだ、死ぬんだ。なのにやつらは誰一人知らないし、知ろうともしない。知るのがいやなんだ。やつらは平気な顔をしているが、やつらだって同じように死ぬんだ。愚か者どもめが。私が先でやつらが後、だがやつらもいつか同じ目にあう。それをのんきに喜んでいやがる。畜生どもが!」彼は怒りに息を詰まらせた。

 

トルストイ『イワン・イリイチの死』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2006年)Kindle版 5

 自分が死ぬと悟ったイワン・イリイチは、たえず絶望に駆られていた。心の奥ではイワン・イリイチは自分が死ぬとわかっていたのだが、しかしそのことになじめないばかりでなく、単にそれが理解できない、どうしても納得がいかないのだった。

 

「だって私が死ななくてはならないなんて、あり得ないじゃないか。それはあまりにも非道なことだ」

 

トルストイ『イワン・イリイチの死』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2006年)Kindle版 6

 自分では山に登っているつもりが、実は着実に下っていたようなものだ。まさにその通りだ。世間の見方では私は山に登っていたのだが、ちょうど登った分だけ、足元から命が流れ出していたのだ……。そしていまや準備完了、さあ死にたまえ、というわけだ!  

 さて、これはいったいどういうことだ? なぜこうなったんだろう? こんなことはありえないじゃないか。人生がこれほど無意味で、忌まわしいものだったなんて、おかしいじゃないか。それにもしも人生がこれほど忌まわしい、無意味なものだったとしたら、なぜ死ななくてはならない、しかも苦しんで死ななくてはならないんだ?

 

トルストイ『イワン・イリイチの死』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2006年)Kindle版 9

 ソファの背に顔を向けて横たわる彼は、孤独だった。たくさんの人が住む都会の只中、たくさんの知人や家族に囲まれながら、海底にも地中にもないほどの、完全な孤独に包まれていた。

 

トルストイ『イワン・イリイチの死』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2006年)Kindle版 10

「あっ! あぁっ! あっ!」と彼はさまざまな抑揚でうなり続けていた。彼ははじめ「いやだぁ!」と叫んでいて、最後の「あ」の音がうなり声として残ったのだった。

 この三日間、彼にはもはや時間は存在しなかったのだが、この間中ずっと彼は、目に見えぬ正体不明の力によって閉じ込められた例の真っ暗な袋の中でもがき続けていた。あたかも死刑囚がもはや助かりようのないことを知りながら、刑吏の手の内で暴れるように、彼は暴れていた。そして一瞬ごとに、いかに全力で抗おうとも、自分がどんどん恐怖の源へと近づいていくのを感じていた。

 

トルストイ『イワン・イリイチの死』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2006年)Kindle版 12

 読んでいて、黒澤明の『生きる』と話の内容も構成も似ているなと思ったら、この作品が元ネタだったっぽい。黒澤明ロシア文学好き過ぎだろ。読書会参加者の中にも読んでいる途中に気づいたという方がチラホラおられた。

 ちなみに自信満々に書いておきながら私が鑑賞したのはオリヴァー・ハーマナス監督、カズオ・イシグロ脚本のイギリス勢によるリメイク版『生きる(原題:Living)』である。

生きる LIVING

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 映画では死を悟った主人公に残された時間は比較的長く、仕事に臨む姿勢など、残された自分の人生の生き方を変える余裕があるが、元ネタのイリイチの死ではそんな時間的・精神的余裕はほとんど無く、ひたすら死の恐怖と絶望と病の苦痛に悶え苦しむ描写が多い気がした。

 以下、読書会参加者からの意見。「NHKの100分 de 名著で取り上げられていたので読んだ」「おもしろかった」「自分が中年と呼ばれる年齢になったら読み返したい」「救いがない」「死が客体化される構造がおもしろい」「最後の章、一度死んだ経験があるのではないかと思うほど凄まじい描写だった」「トルストイは真剣に自殺を考えるほど危険な状態に陥ったことがあるから自身の未遂経験が生かされている可能性」「人間は自分一人でしか死に向き合えない」「訳者解説にハイデガーの現存在について言及があったが、それで読んでもおもしろくはなさそう」「終末期医療や終活の教材になり得る作品」「周囲の人間が冷淡というより、他者の死は想像ができないものなのではないか」「トルストイは啓蒙的、ドストエフスキーはアジってる」「トルストイ作品は登場人物の属する社会階層が固定されていて一同に介さない」「トルストイ作品は何やってもパターナリズムに陥りがち。近代日本で熱烈に受け入れられたのも日本社会の家父長主義と相性が良かったからというのもあるのでは」

 ハイデガーと現存在というワードが出たので、私が「死を自覚し、その自己に固有の可能性を受け入れることによって本来的な自己を取り戻し、真に生きられるみたいなのって、本当にそうなんですかね?」と参加者の方に訊いてみる。反出生主義なども、私たちが生きているからこそ考えることができるのではないか。

 参加者の方から、最近邦訳が刊行されたジャン=リュック・ナンシー『世界の意味』(伊藤潤一郎・横田祐美子訳、法政大学出版局、2026年)において、ハイデガーが批判的に継承・脱構築されていると教えてもらう。

 ハイデガーは死を「誰にも代わってもらえない、自分自身の最も固有な可能性」と捉え、それを引き受けることで本来的になれる(現存在の本来的実存)と考えた。しかしナンシーは、死は開かれたものであって、固有性を引き受けるものではなく、外界と接することで立ち上がるものだ、とか何とか言ってるらしい。死は主体が完成する瞬間ではなく、むしろ主体が解体され決壊する限界点だから、死を自分だけのものとして囲い込むことはできない。私たちは自分自身の死を、死んでしまうがゆえに体験することはできない。しかし、他者の死に立ち会うことで、自らの存在の限界を突きつけられる。存在とは常に他者へと向かってさらけ出されており、死は外界、すなわち他者への究極の露出の瞬間であり、私たちは個々に独立した個体として死ぬのではなく、死によって「私たちは共にある(共存在)」という事態が立ち上がる、らしい。

 イワン・イリイチも、はじめは死を自分だけの孤独な体験として抱え込み絶望するが、農夫出身の召使いゲラシムや息子ワーシャといった他者の温もりや涙という外界との物理的・感情的な接触、すなわちナンシーの言う「さらけ出し」によって、硬直した自我に亀裂が入り、他者へと完全に開かれてゆく。残される家族のことを思い、「死は終わった」「もはや死はない」(前掲書、12)と光を感じるイワン・イリイチ。死が、自分という個体の消滅、個人的な悲劇から解放され、外界と接することで立ち上がる「共存在」へと転換した瞬間だと読めるわけである。

 

 話題は著者トルストイ自身についても及ぶ。私はトルストイにまったく興味が無かったため初めて知ることが多く、おもしろかった。

 トルストイの作品に登場する家庭、特に夫婦関係は、上手くいっていないというより崩壊している場合が多いらしい。本作品でも、「結婚生活は人生におけるある種の利便を提供してくれはするが、本質的には極めて複雑で困難な事業」(前掲書、2)とか「彼の目的は、夫婦間の軋轢からどんどん解放されていくことであり、(中略)この目的を、彼は家族といる時間をますます短くするという手法によって達成した」(前掲書、同上)とか「夫人はしまいには夫に向かって『このうすのろ、甲斐性なし』と言い放った。夫のほうは頭を抱え、怒りに任せて離婚するとか何とか口走った」(前掲書、3)とか「彼女は夫が死んでしまえばいいと思うようになった」(前掲書、4)とか書かれている。

 参加者の方が言うには、トルストイの妻・ソフィアは、ソクラテスの妻・クサンティッペ、モーツァルトの妻・コンスタンツェと並ぶ「世界三大悪妻」のうちの一人らしい。なるほど、それで作品にも反映されているのかと思った。が、「とても悪妻とは言い切れない、原因はトルストイにある」と参加者が主張。

 巻末の年譜を見てくれと言うので読んでみると、「一九一〇年 八二歳 十月二十八日、家出。十一月七日(新暦二十日)リャザン・ウラル鉄道のアスターポヴォ駅で死去」(前掲書)とある。……は? い、家出?

 なんでも、ウルトラ・クリスチャンと化した晩年のトルストイは私有財産を否定して印税や地代の受け取りを拒否、著作権含む財産をロシア国民に譲渡する遺言状の作成を試みるなどしており、妻ソフィアの猛反対に遭っていたという。で、不和に耐えかねて家出。辿り着いた駅で体調を崩し駅長室に運ばれる。駆けつけたソフィアとの面会を謝絶、死去。

 は? ざけんじゃねえ。どう考えても13人も子どもを産んで面倒見て家計をしっかり管理しつつトルストイの執筆を原稿の清書など実務面でも支え続けたソフィアの方がまともである。

 もう一つの大問題として参加者から挙がったのが、俗に言う「おまいう」、お前が言うな問題である。禁欲をすすめたりしておきながら当の本人は60歳で9男を儲けている。すいません、禁欲とは? 姦淫の戒めは夫婦間には適用されないからセーフ? 聖人っぽいイメージがあるが実際は結構クズである。

 若い時分からトルストイは血の気が多すぎて、それをおさえるためにいろんな規律を作っている。カザン大学に入って間もなく次兄たちに誘われて女遊びをはじめた。黄色い鑑札をもった政府公認の街娼をかいにいくのだが十六歳のころからそれがやみつきになった。なんとかこの泥沼から足を洗いたい。そこで禁欲生活をはじめたが我慢しきれるものでない。せめて欲望にうちかつ意思を発達させようと、こんな規律を日記に書いた。

「……へ行って一人の女を一月に一度ないし二度のこと」

 なんとか大学へは入ったものの、こんな調子では先はしれたもの、落第をくりかえして十九の年にやめてしまった。やめる前には淋病にもかかっている。これではいかんと、さすがに故郷へ帰ってからは早起きしてボディー・ビルや乗馬にうちこんだ。

(中略)

 だがこのハードトレーニングも禁欲と同じで長続きしない。三か月でけしとんだ。それから三年、遊びに遊んだ。ふぬけのようになるまで遊びくらした。賭博にこりだしたのもこのころからだ。

 

法橋和彦『月をみるケンタウルス 紳士の心得帳』(未知谷、2022年)p.7-8

 若い頃から買いまくりの打ちまくり(賭博熱は33歳頃まで続いたらしい)で本人もやめられないことに悩み苦しんでいたらしい。わかるよ、レオ。肉欲……女の香り、白くてむっちりしたすべすべの肌、手や首筋、綺麗に手入れされてつやつやした髪、生気にあふれた輝く瞳──、そして労せず一獲千金の野望には抗えねえよなあ!? この辺のことは自伝的作品である『懺悔』に詳しいらしいが岩波文庫は品切れで訳も古いみたいなので新訳希望です。

 

 読書会終了後、飯田橋の焼き鳥屋で懇親会。最近できたばかりのお店らしい。さっそくビール中瓶とグラスを注文。やってきたグラスを手に取ると、冷えていない。むしろ熱い。この時点で若干の苛立ちを覚える。全員分の飲み物が到着し、乾杯する。

「ぬるいッ!」

 ビールがぬるい。私の中の海原雄山が目覚めてしまう。女将を呼べい!

「なんだこれはァ! ぬるい! ぬるすぎる! 犯罪的だ! 悪い意味で!」

「たしかにちょっとぬるいですけど、オレはぬるいビールも好きですよ」と後輩。

 ああ、あれか? ビールは冷やし過ぎない方が麦芽やホップの旨味や香りが際立っておいしく飲める、ってか? そうかよ! お前はベルギーで修道士でもやってろ! 樽ジョッキ使ってオイローパの常温で飲んでろや! いいか? 高温多湿の極み、もはや東南エイジアの気候たる日本でぬるいビールを客に出すなど犯罪である! 到底容認できぬ!

 枝豆などをつまみつつ我慢して飲んでいると、二本目の瓶ビールが到着する。一本目にまだ残っているビールを私のグラスに注ごうとする後輩。ここで私の怒りは頂点に達する。

「要らねえよ! 自分のに注げよ! しかも二本目頼みやがって! ざけんじゃねえぞ! ぬるいっつってんじゃねえか!」

 場が静まり返る中、先輩が口を開く。

「なんでキレてんだよ……」

 はっとして我に返る。こんなことにブチギレた、自分に驚いたんだよね。

「……あっ、えっ? じ、冗談ですやん……! 冗談ですやんか!」

「別に、本気で受け取ってないですよ。二本目はオレが飲みたいから頼んだだけです」

 最近、いろいろなひとから怒りっぽくなった、口が悪くなったと言われる。私の生活には余白が無い。私にはもう余裕が無い。だがそれは私のせいではない。私をここまで追い詰めた社会が悪いのだ。許してほしい。社会を憎んで私を憎まず。許してくれますね?

 気を取り直して最近転職に成功した女性参加者の方に色々お話を聞く。

「あの、橋元さん。前回参加した時の日記記事をブログで読んだんですけど、だいぶ誇張というか、脚色されてるような……」

「ブンガクですからねえ! 本質は! あれは単なるブログや日記なんぞではない! ブンガクなのですよ!」

「でも、あまり赤裸々に書きすぎると、炎上とかトラブルが起きたりするんじゃ……」

 先輩が敢然と同意を求めてくる。

「作家・文学者なら、炎上や訴訟のリスクを取ってでも書かなければいけないことがあるよなあ?」

「……そ、そうです! ぼくはブンガクシャ! シャー! シャー! そうだ! 身辺のあらゆる出来事を消化! そのすべてをブンガクに昇華!」

「読んでみると、彼は本当に書いたらまずいことは書いてないですよ。これから先はわかりませんが。まあ炎上や人間関係のトラブルくらいないとね、物書きなら」

「記事の中にアマゾンのリンクが貼ってありますけど、アフィリエイトやられてるんですか?」

「いえ、あれはアマゾン商品紹介というはてなのデフォルト機能でして、クリックされてもぼくには1円も入りません! 小ガネを稼いでやろうなどという気はまったくありません! マズローもビックリの高次な欲求によるものなのです、ぼくの執筆活動は! ぼくの紡ぎ出す文章は、それすなわち純粋ゲージュツなのですよ!」

「は、はあ……」

「ところで、お前の日記長すぎるから前半と後半で分けてくんない? あと月二回しか更新してないけど、更新頻度低すぎるだろ」

 またいつもの道化藝を繰り出して場をシラケさせると共に、批判も受けてしまったため話題を変える。

「そういえば、転職されて今は結構な大企業にお勤めなんですよね? 聞こうと思っていたんですが、中小企業と比較して、やはりまともな人間が多いものなんですか?」

「あー、それはたしかにありますね。中には変な人もいますけど、数は圧倒的に少ないと思います、体感としては。あとわたしが驚いたのは、社内だけじゃなくて、取引先もすごくちゃんとした企業なので、取引先の社員の方たちもしっかりした人ばかりなんです」

 やはり。私の予想は正しかった。それなりの場にはそれなりの人間が集まるのである。

 その後、キオクシア株で儲け損ねた話などで盛り上がり、お開き。帰路に就く。

 帰宅後、入浴。茶を淹れて飲み、就寝。

 

6月22日(月)

 日経平均株価、終値最高値更新記念パピコ。7万2353円(前日比+1103円)。

 

6月25日(木)

 日経平均株価、終値最高値更新記念パピコ。7万2366円。

 
6月27日(土)
 ブログやカクヨムの執筆を試みるが、まったく筆が進まず。終日無為。更新はしばらく無理そう。
 夜、酒でも飲むかと冷蔵庫を開けるが何も入っていない。仕方なく非常用として大昔に買ったオールドパー・シルバーの小瓶を開封、炭酸水で割ってハイボールにして飲む。値段の割に不味い。
 

とある男の日記(ダイアリー)2026年5月編

nobugorodo.hatenablog.com

 

5月2日(土)

 34歳。

 かつて、子どもの時分から、なぜ世の中の大人たちは、いつも不機嫌でイライラしていて口が悪くて怒りっぽく、落ち着きがなく、何かに追い立てられているかのように余裕がなく、焦っているのか、不思議だった。

 そういう大人になってしまった今ならわかるような気がする。こんなの「やってらんねえ」からだ!

 生産者や販売者に売値を下げたい動機はほとんどありません。価格を下げるには、厳しい経営努力が必要になるからです。相当なビジネスモデルの工夫が必要ですし、原価を下げるか、従業員やアルバイトに長時間労働をお願いするか、賃金を引き下げるか、従業員の数を減らすしか手はありません。

 このような状況を鑑みると、こうは言えないでしょうか?

 従業員に過重労働を強いる「ブラック企業」を生み出しているのは、私たち消費者である、と。

 

 私の授業では、コンビニや飲食店などのサービス業でアルバイトをしている学生が多いのですが、「消費者の強烈さに驚いた」という話をよく聞きます。

 お客様はとても偉そうです。格安の居酒屋であっても、非常に高いサービスを求めてくる。横柄な態度と口調で、お店の従業員に怒鳴ったり、威張り散らす。

 199円のビールが出てくるのが少し遅くなっただけで、「ふざけんな」となり、お詫びが足りないとなると、すぐに「店長を出せ!」「この店には二度と来ない!」となる。

 電車が遅延したときに、駅員に対して暴言を吐いている人を、みなさんも目撃したことがあるのではないでしょうか?

 

 消費者の要望にすべて応えようとすると、従業員はさらなる仕事をしないといけなくなるし、とはいえ消費者は「より少ないお金で過剰なサービス」を求めてくるので、商売的にもうま味がなく、「あがったり」でしょう。

 そうすると、労働環境はますます悪くなり、ブラック企業は増え続けることになります。そこで働く人たちは仕事中に多大なストレスを感じ、今度は自分が客になったときに、そのストレスを従業員相手にぶつけることになる──。

 こうしたバッドスパイラルが起きているのが、いまの日本の状況なのです。

 

藤野英人『投資家が「お金」よりも大切にしていること』(星海社新書、2020年28刷)p.89,92-93

第3章 人は、ただ生きているだけで価値がある

 みなさんは「会社」というものに対して、いったいどのようなイメージを持っているでしょうか?

 多くの人にこの質問を投げかけてみると、会社にネガティブなイメージを持っている人が意外にも多いことに、とても驚かされます。

「会社は生活費を稼ぐところ」という答えはまだかわいいもので、「会社はつらいところ」「自分の個性が消滅してしまうところ」「我慢して駒のように使われるところ」「時間とストレスをお金に換えるところ」、しまいには「人生の墓場だ」という意見まで出てきます。

 

 このような状況は、とても残念なことでしょう。

 

 会社は、けっして「人生の墓場」などではありません。むしろ、人間が人間らしさを発揮できる場所です。

 もっと自分の仕事に誇りを持ち、目的を同じくしたcompanyを信じて、人生をかけて労働に取り組んでいくほうが、ずっとずっと楽しいし、充実感もあるでしょう。

 会社を人生の墓場だと捉え、そこにいる時間、自分が死んでいて、会社を出たら復活して生き返るというのでは、人生の大半の時間を墓に片足を突っ込んで生きることになります。

 それはあまりにつらく、つまらない生き方です。

 時間の無駄であり、人生の無駄遣いでもあるでしょう。

 

藤野英人『投資家が「お金」よりも大切にしていること』(星海社新書、2020年28刷)p.122,126,128-130

第4章 世の中に「虚業」なんてひとつもない

 ……は? あまりにつらいだあ? 生きている以上当然のことだ! 苦しい、逃げ出したい、しかし、今日の飯を食うために人々は一歩も退かずに闘ってるんだ! 

 働くことには素晴らしい価値があり、社会貢献があり、大切な仲間たちと一緒に協力して他者に奉仕して感謝される喜びがあり、その価値ある労働の延長に企業の利益があり、互恵関係があり、経世済民の本質があり──、じゃああんたらでやってれば? 

 職業や仕事というものが、それに従事する人間の思考を形づくり、人格そのものを形成してしまうのだ。一度でも「先生」とか「社長」とか、部長課長主席主任デスクマネージャーシニアアナリストとか何でもいいが、そういう肩書きで呼ばれていた人間が、肩書きどころか名前ですら呼ばれず、ゴミクズみたいなクソ野郎に「おい」だの「お前」だの「てめえ」だの馬鹿だの底辺だの死ねだのと罵倒されて、さあ、できるかな? 耐えられるかな? それでも自分の仕事に誇りを持ち、目的を同じくしたcompanyを信じて、人生をかけて労働に取り組めるかな? その方がずっとずっと楽しいし、充実感もあるんだろ? 会社は人間が人間らしさを発揮できる場所なんだろ? 

 ざけんじゃねえ。それで怒(いか)らなきゃむしろ人間じゃねえ。そんなの飼い馴らされた犬だろうが。俺はごめんだぜ。俺は降りる、フォールドだ。

「人生は贈り物。ムダにはしたくない。どんなカードが配られても、それも人生。毎日を大切に」

 そんなことは貴様が美男で絵が上手くて女にモテるから言えるのだ。キモい醜男に生まれ、絵どころか何の才能にも恵まれず、しかし人助けをせんと、豪華客船の船尾から身を投げようとしていた美女を必死に引き上げたら「この人に触られました! 痴漢です! 襲われそうになりました! 助けてください!」とか叫ばれて逮捕されて逃げることもできずに船と一緒に沈んで溺死してても貴様は同じこと言えんのか?

 つまらない生き方で結構。時間の無駄で結構。人生の無駄遣いで大いに結構だ! こちとらもう墓に片足突っ込んでんだ! 嵌まっちまって抜けねえんだ! 墓に片足突っ込みながら踊ってやらあ! 俺とお前、どちらが斃れるのが先か、勝負しろ! 殺す気でかかって来いコラァ! 死んだらそのまま墓に倒れ込めるんだからラクなもんだ! フゥハハハァ!!

 久々に飲んだストロングゼロ(ダブルレモン)ロングでしこたま酔い、飲み干した缶を流し台に叩きつけ、本を読みながら本に向かって怒鳴り、その本も遠くにブン投げて、普段は布団叩きとして使っている木刀をブンブン振り回し、それにも飽きて疲れると、男は万年床煎餅布団に横たわって寝息を立てながら眠った。

 子どもの時分、将来自分が大人になって、どういうふうに生きているのか、想像もつかなかったし、想像したくもなかった。そして齢34となって未だに、どうやって生きていけばいいのか、さっぱりわかりゃしない。

 

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 衣食住に対する執着は、私だつて無い事はない。いゝ着物を着て、美味い物を食べて、立派な家に住み度いと思はぬ事は無いが、只それが出来ぬから、こんな処で甘んじて居る。

 

夏目漱石『文士の生活』

 

5月4日(月)

 午前、起床。文学フリマ東京42の開催日。東京ビッグサイトへ向かう。

bunfree.net

nobugorodo.hatenablog.com

 賑わっていた。会場内を見て回っていたら大学時代の先輩とばったり遭遇。

 帰路、先輩とビールを飲む。

 先輩から、次回の文フリで出す新刊の企画書を手渡される。書き手が確保できるかどうか。読者諸氏に声かけるかもしれません。その際はご一考のほどお願いします。

 

5月7日(木)

 日経平均株価、終値最高値更新記念パピコ。6万2833円(前日比+3320円)。

 

5月9日(土)

 夕方、同い年の旧友と食事。一週間ほど前に、店とその店内で待ち合わせる旨を決めて以降、互いに一切の連絡、やり取りは無い。待ち合わせ時間の1、2分後に到着すると、すでに旧友は席に座っている。

「いたいた。すごい、時間ピッタリだね」

「橋元くん久しぶり。なんでそんなに笑ってるの?」

「友達と会う時って、明日よろしくとか、今日よろしくとかっていう確認を相手か自分からすることが多いんだけど、きみが連絡不精だっていうことは知ってるから、敢えてこちらからも送らなかった。そんなことしなくても、当日きみは時間ピッタリにお店に着いていて、中に入ると、ちょこんと席に座っているはずだという、脳内で想像していた通りで、笑っちゃったんだよ」

「わたしが連絡不精なのはその通りだけど、それは橋元くんのことを信頼してるからだよ。初めて会うとかだったらわたしだって──」

「信頼してるのはぼくも同じだよ。ごめん、気を悪くさせちゃった?」

 

 旧友は元気そうで相変わらず麗しく尊くて良かった。目の保養になる。私はもう美しいものしか見たくない。「旧友」と言っても、たしかに知り合ったのは学生時だが、彼女とはこれまで、ほんの数回、数えるほどしか実際には顔を合わせてはいない。でも、あまりそんな気がしないのはなぜだろう。彼女もそう感じてくれていたら嬉しいのだが。

 せっかくの機会ということで珍しい料理を食べる。彼女は酒を飲まないが、酒の肴や珍味の類に目がない。食の好みがちょっとおもしろくて笑ってしまう。

 三石こんぶ焼酎、ガラナ、サーモンルイベ、チポロイモ、鮭めふん、イモシト、鹿バラベーコン、ゴボウと長芋唐揚げ、キトピロチャーハン。文字だけ見たら何が何だかわからないが、全部おいしかった。が、オペレーションにやや難があり、席の時間も迫っていたため、後半は急いでかき込む。

 さっそく婚活の戦略を訊く。

「じつはマッチングアプリ(ペアーズ)始めたんだよね」

「で、どう? マッチする?」

「する。30代~40代前半くらいのひとたちと。同年代のひととはメッセージのやり取りもしてる。でも、もうアプリ消そうかと思ってて」

「ええ!? なんで!? もったいない! せっかくだから会えばいいのに。いろんな人と会うの楽しめるタイプでしょ?」

「そうなんだけど、知っての通り、わたし筆不精だし連絡不精で、段々メッセージのやり取りが苦痛になってきて、ひとりに集中すると他のひとがおざなりになって悪いし、同時並行は無理だし」

「なるほどな……」

「あとさ、わたしたちと同い年なのに、みんな年収が800万~1000万円なんだけど、これ本当なの? 絶対嘘だよね?」

「ペアーズは自己申告制だからなあ。プライム上場企業とか外資系勤務とか、鬼のように残業とか休日出勤しまくってるとかなら、あながち嘘ってことはないのかもしれないけど……」

「聞きたいんだけど、橋元くんはなんで結婚したいの?」

「ソロプレイよりチームプレイの方が楽しいんじゃないかと思うんだよね」

「わたしは子どもを育てたいっていう希望があるから結婚したいんだけど、橋元くんはそれなら無理に結婚しないで、パートナーっていう形じゃだめなの?」

「いやあ……パートナー……どうなんだろ」

 私の従兄は交際相手と同棲してるんだかしてないんだか中途半端な時期が長かった。見かねた伯父が「犬とか猫じゃねえんだからさっさと籍入れてけじめつけろ。相手の親にも挨拶に行け」と喝破していた。民法に基づく強力な権利が得られないというのもあるだろう(義務も発生するわけだが)。

「子どもが欲しいって話、失礼を承知で聞くよ。卵子の凍結とかは考えてないの?」

「いやあ、全然考えてなかったなあ、そんなこと」

「女性の場合は手術が必要だから大変なんだよね。男は簡単だよ。はじめしゃちょーっていうユーチューバーが精子を凍結する動画を見たんだけどさ、知ってる? 精子を採取する方法」

「あー、なんか病院の個室に入って自分で出すんでしょ?」

「そうそう、『採精室』みたいな名前が付いてて、そこにエッチな雑誌とかDVDが置いてあって、それをオカズにして出すわけだけど、モザイク濃すぎてこんなんじゃ抜けねーよとか、性癖に刺さるモノがなくて抜けねーよとかあるらしいよ。スマホ持ち込み可なのかな? それならイけそうだけど」

 焼酎をロックで飲んで酔ってしまっていたため、かなりデリケートな話をしてしまう。でも、彼女には何でも聞けるし何でも話せる気がする。単に私の独りよがりの勝手な思い込みであって、彼女からしたらとんだ迷惑なのかもしれないが。嫌だったらごめんね。

「橋元くん、結婚相談所に登録してみてよ。お試しでもいいから。なんなら説明聞くだけでもいいから」

「だめだ、俺アドバイザーの人と喧嘩になる自信ある。大体さ、シフト制とか平日休みの人はどうすんの? 世の中は土日休みの人間だけで成り立ってるのか?」

「ほんとそれはある」

「もういいよアプリとか相談所とか。最近、江戸時代に江戸で暮らしてた独身男性たちにまた思いを馳せてるよ。社会を支えるためだけに生きて死んでいくっていうのもすごく尊いことなんじゃないかって。っていうか、きみこそ結婚相談所に登録すべきだよ。お見合い申し込み殺到して、すぐにハイスペイケメンと結婚できるだろ」

「う~ん、そうかなあ?」

「『そうかなあ?』じゃないよ。そうだろ。どう考えても。朗らかで人間性が素晴らしいうえに容姿端麗ハイパー高学歴だし」

 ここで会計の時間が来てしまう。割り勘したのだが、彼女に100円多く払ってもらったかもしれない。悪い。計算苦手なんだよ。酔ってたし。

「場も温まってきたことだし、2軒目行かない?」

「当然だ。まだ話さなければならないことが山ほどあるんだ俺には」

 

 終盤に食べまくって「結構食べたよね」と互いに満腹だったため喫茶店に移動しコーヒーを飲む。

「わたしも結婚相談所についていろいろ調べたんだけど、お見合いの段階ではいちいちアドバイザーを通して意思を伝えなきゃいけないからまどろっこしいし、仮にいいなと思うひとがいて真剣交際期間に進んだとして、3ヶ月以内にそのひとと結婚するかどうか決めなきゃいけないんでしょ? ちょっと短すぎるよね。しかも同棲も外泊も、行為どころかスキンシップも禁止って、それで本当にそのひとの人となりがわかるのかな?」

「まあそこがメリットでありデメリットでもあるんだろうね。トラブル防止と、効率良く短期決戦での結婚を目指すっていう」

「──でだ、行為もスキンシップも禁止って話なんだけど、夫婦生活において、性の一致・不一致というのは、かなり重大な問題だと思わないか?」

「めちゃくちゃ大事だと思う」

 ここから、「結婚前に短期間でも同棲すべきか」「夫婦の寝室は分けるべきか」「ベッドは大きいサイズのものを買うべきか、シングルをくっつけるべきか」「前戯こそ本番と言わんばかりに前戯には長い時間をかけるべきか、ほどほどにして挿入に移行すべきか」「緩急はつけるべきか一定に保つべきか」「体位を変える必要はあるか」「早漏と遅漏ならどちらがましか」、などといった私からの一方的なセクハラ質問攻めによる哲学談議が展開される。プルタルコスに倣って『茶卓歓談集』とか題名をつけて本にしても良いくらいおもしろくて盛り上がった。学びました。

「こういう赤裸々な話をするにはちょっと明るすぎたかな、ここ」

「うーん、たしかに。まあ、新宿だし別に良くない? 俺たちだけの世界だよ、この卓は」

 最終的に、性のあれこれには個人差があるから互いに話し合って協力し合って、より良い時間になるよう努力して性生活を築いていかなければならないし、大前提として性への好奇心と探求心を持ち続けることが重要であるとの結論に達する。

「とにもかくにも、ぼくたちは34歳になった。子どもが欲しいとなると、現実として男女双方タイムリミットは確実に迫っているわけだ。動きすぎてはいけない、などと言ってる場合じゃない。実際、20代と30代の間に壁があって、40代に突入するともっと深い断絶があるように思うんだけど、どう思う?」

「あると思う。わたしがアプリやってて本当に残酷だなって思ったのは、例えばここに、目の前に40歳のひとがいたとして、年齢なんか全然気にならないし、気にしないと思うのね。本当は全員の、ひとりひとりの人となりを知りたい。でも、年齢とか年収とか、数字で表されるいろんな値でスクリーニングしていかないと、きりがない」

「だから橋元くんも早く動いた方がいいよ。子どもは欲しくないの?」

「そもそも結婚ができないのだという問題は置いておくとして、全然興味もないし欲しいとも思ったことはなかった。子どもなんか作らなくても、ミームを遺すことはできるだろと。でも甥っ子と姪っ子が生まれて、人間がこの世に生まれることは本当に奇跡だと思ったし、ひたすらかわいい。ぼくが死んでも彼らはこの世界を生きていって、また次の世代へと命が受け継がれていくっていうのは尊いことだと思った。ありきたりだけど、そんな感じ」

「うんうん」

「ここでひとつ提案がある」

「なに?」

「2LDKくらいの部屋を借りて一緒に住まないか? 最初は家賃折半で」

「……えっ?」

 困惑した表情を浮かべながらじっと私の目を見据えてくる。私はすぐに耐えられなくなって、笑いながら目を逸らし、頬杖をついて、窓の外の電光掲示板に表示されている、バカラのクリスタルデカンタに注がれたリシャールの広告を見る。

「……言ってみただけだよ。いつもの道化が出ちまった。それに、わかってるよ……。きみはいつか、いいなと思ったひとや好きになったひとには自分から無理やりにでもグイグイ行くと言ってたね? 俺は今日、きみといろいろ深い話をして確信した。きみは自分を口説き落とそうと言い寄ってきたりするような人間を好きになったりはしない」

「……どうかなあ? 今まではそうだったかもしれないけど、わかんないよ……? これからは」

 彼女は悪戯っぽく微笑みながら艶やかな髪を耳にかける。耳元のイヤリングがキラッと光る。前髪がかきあげられたことによって、彼女の額と眉、耳、そして頬から首すじまでが、照明に照らされて白く輝いている。改めて近くで見ると、彼女はこんなに綺麗で可愛い顔をしているのか、吸い込まれてしまいそうだとしみじみ思う。彼女と目を合わせることができず、彼女が着ている黒のブラウスから覗く首元の、透き通った柔らかな肌を見る。

「頼むから希望を持たせるようなこと言わないでくれ。キャリアに集中してた期間が長かったからという理由を除いて、きみが独身でいることがそれを証明してる。きみのような、笑顔と声が可愛くて容姿端麗で頭脳明晰で賢くて、しっかりとした芯があって、清らかな心と豊かな感性と独特のユーモアを持った素晴らしい女性を世の中の男が放っておくはずがない。違うと言うならそれは世の中が間違ってる」

 彼女は少し首をかしげながら聞いていた。そしてにこっと笑う。

「ありがとうね」

 お世辞なんかではない。事実を言っているだけだ。私は普段、口から出まかせに適当なことをペラペラと喋っているせいで、ここぞという時に相手に真剣に受け取ってもらえないことが多々ある。それが功を奏すこともあれば、はいはいどうせいつものあれねと軽く流されてしまうこともある。この時の彼女は後者だろう。

 ありがとうと言わなきゃならないのはこっちの方だ。もしきみと出会って、そして再会してなかったら、俺は今ここにはいない。何も読んでないし何も書いてない。誰とも会わないし何もしてない。

「聞かせてくれないか。今日はどういうつもりでここに来てくれたんだ?」

「どういうつもりで、って……。橋元くんとおしゃべりをしに来た──。それが答え」

 わかってるよ。気負わずに、気軽に楽しく話ができればそれでいいんだ。

「わたしも聞いていい? 今日、どうして誘ってくれたの?」

「サブリミナル効果って知ってるだろ? その応用さ。きみの潜在意識に影響を及ぼすためだよ。これから本腰入れて婚活するんだろ? どこの馬の骨かもわからん男と会ってるときに、ぼくのてらてらと脂ぎったキショい顔がきみの脳裏に、一瞬でもいい、浮かぶようにするためだ」

「わかった。覚えとくね」

 彼女はふふっと笑い、文字盤を内側にして手首に着けている腕時計に目をやる。

「じゃあ、わたし、そろそろ帰るね」

「……も、もうそんな時間? い、いいよ帰んなくて。明日休みなんでしょ? ま、まあ、もうちょっとゆっくりし──」

「終電の時間あるから。またね」

「あ、えっ? いや、ちょ、待っ──」

 何も話さなくていい。ただもう少しだけ、ここにいてくれないか? 綺麗な美しい花が咲いているのを見て、「何か喋ってくれないかなあ」なんて思うか? ただそこに存在してくれていればいいんだ。

 また月曜から、どうしようもない日常が繰り返される。逃げたくても逃げられない。誰も俺の代わりにカネを稼いでなどくれない。必要に迫られて働くんだ。そしてあっという間に俺は壊れて死ぬんだ。許してくれ、もう少しだけでいい。きみの顔を見ていたい。美しい光景をこの目に焼き付けておきたいんだ。などとは言わない。言えるわけがない。いくらなんでもキモ過ぎる。

 喫茶店を出て、綺麗な長い髪を5月のさわやかな夜風に靡かせながら颯爽と街を歩く彼女について行く。「あなたは女神を見たことがあるか?」と聞かれたら、「ある。いま俺の前を歩いてる」と答えるだろう。彼女は、そして彼女の髪は本当に綺麗だ。その髪を指で梳(と)かしてみたい、ついでに柔らかそうなカラダをむぎゅっと抱きしめながら髪の匂いを嗅いで耳をはむはむしてみたい。真剣にお願いしたらやらせてくれないかな、などと邪(よこしま)なことを考えていると、彼女はピタッと歩みをとめて立ち止まり、私の方を訝(いぶか)し気(げ)に振り返る。

「ほら、橋元くん新宿線でしょ? 入口そこだから。気をつけて帰ってね、変な気を起こす前に。だめだよ? わたしは帰るからね!」

「えっ、あ、ああ……そ、そうだったね……(やっぱお見通しか)。今日は楽しかったよ、あっという間だった。あ、あのさ、きみから連絡してくることはないってことはわかってる。だから、またぼくから連絡するから、会って婚活の進捗聞かせてよ」

「うん。わたしも楽しかったよ。またおしゃべりしようね」

 ガッツリと釘を刺された後、駅前で別れる。彼女のうしろ姿はすぐに都会の雑踏に紛れて見えなくなる。

 

 土曜の夜も各駅停車の電車は空いている。座席に腰かけてぼんやりと窓の外を眺める。都心の煌びやかなネオンはあっという間に消え去って、電車は住宅街にすべり込んでゆく。小さな駅で降りて歩く。通りはクルマの往来も少なく静まり返っている。彼女のことを思う。元気でいてくれればそれだけで嬉しいけど、そうじゃなくても構いやしない。

 きみはもう充分闘った。名誉はすでに果たされた。きみはさらに幸せにならなくてはいけない。幸せは感じるものじゃない、なるものだ。誰が何と言おうと、きみが望むことが善だ。きみが取る選択は、たとえ間違っていたとしても正しいのだ。

 きみと話していて痛感する。きみは猛烈に賢くて複雑だ。ぼくはとんでもない馬鹿で単純だ、まさに単細胞だ。こんなだめ人間と会って金銀宝石より貴重なきみの時間を浪費してる場合か? グズグズしてないでさっさと左手の薬指にプラチナリングを嵌めるんだ! だが……ひとつだけ言っておく、きみ自身が放つ輝きに比べれば、そんなものただのくすみきった金属くずに過ぎないということを!

 ──俺は一体何を言ってるんだ? 

 

 自宅に着いて入浴。鞄の中に、彼女から貰ったお土産が入っていることを思い出す。万年床煎餅布団に横になりながら手に取って眺める。茶でも淹れて飲むことにする。

 東海寿「小倉トーストランドグシャ」。新たな名古屋名物土産を生み出さんと開発されたらしい。一日最大4万枚が売れており、2025年には累計販売枚数1億5千万枚を突破したと書いてある。パッケージには発売15周年記念の金文字と金鯱。しかもキャンペーン実施中で、郵便ハガキにバーコードを貼って送ると抽選で1万円分のクオカードが当たるらしい。応募させてもらうぜぇ……。

 織田信長や豊臣秀吉、徳川家康といった日本史上最強格の男たちを生んだ愛知県名古屋市と岡崎市をじっくり見て回りたいという思いがある。愛知は通過したことしかない。あと岐阜城に行きたい。小学生の時分、岐阜城のプラモデルを買って作ったことがある。まだ実家に飾ってあるはず。そしてちょっと足を伸ばして関ケ原まで行きたい。

 東海地方に思いを馳せつつ、さっそく食べてみる。何だこれ、めちゃくちゃ旨い。良く言えば「白い恋人」のオマージュ、悪く言えば丸パクリだが、しっかりと小倉餡の味とあずきの香りがする。しかし、なんだかやけにしょっぱいな……。 

 いや、待て。これは──、涙……?

夜のこと

夜のこと

  • 作者:pha
  • 扶桑社
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 彼女が恋人を探しているという話を聞くと胸が苦しくなる。だけどそれと同時に、他の人にはしないような話を打ち明けてもらっていることにうれしさも感じる。  

 ずっと一人でいそうな雰囲気のある彼女が好きだ。このまま誰ともつきあわずにいてくれたらいいのに。  

 彼女が、ずっと誰ともつきあわずに一人でいてくれたらいいのに。  

 彼女みたいにものすごく賢くて気の強い子を好きになるのは、僕くらいじゃないだろうか。いや、そんなことはないか。めちゃめちゃかわいいから、みんな好きになるに決まってる。それも極端か。客観的な判断ができない。  

 僕は彼女のことが好きだけど、彼女とはそんなにつきあいたいともしたいとも思わなかった。そんな関係になっているところをうまくイメージできなかった。イメージできない理由は、彼女が僕に対して全くそういうことを考えていないからだろう。僕はいつも、相手がしたそうにしていないと、したいという気持ちにならないのだ。  

 それならばそれでいい。お互いに誰ともつきあわないまま、恋愛やセックスについての打ち明け話をずっと交換していたい。ただそう思った。

 

pha(ファ)『夜のこと』(扶桑社、2020年)Kindle版 「Ⅱ」

 

 最近、読者から「身辺雑記だけじゃなくて、幻想的なことも織り交ぜたりして書いてみてよ。表現の幅が広がるかもよ」とアドバイスしてもらった。だからさっそく書いてみた次第である。読んでもらえばわかるように、細部に至るまで全部私の作り話であり、創作であり、幻想であり、嘘であり、妄想である。ぼく言いましたよね? 「すべてを文学に昇華する」と。「わたしそんなこと言ってないよ!」とむくれる俺の妄想が生み出したイマジナリー同い年の旧友の可愛い顔が浮かぶぜ脳内に。ブンガクだって言ってんだろ? 

 なぜこのような興を削ぐこと甚だしい蛇足を付すかというと、読者とは往々にして些か素直で純粋すぎるきらいがあり、書いてあることが、すなわち実際に起きたこと、そっくりそのままの事実であると早合点してしまうからである。私が信頼できない語り手であることをお忘れか。

 もし仮に、このイマジナリー同い年の旧友が本当に実在する人物だったとして、当の彼女がこの文章を読むことになるのだとしたら、私は顔から火が出るほど恥ずかしい。とても正気ではいられない。こんなこと書けるわけがない。

 諸君もご存じの通り、私は消極的な性格かつ、もう30代も半ばに差し掛かろうかという成熟した大人の男性なのであって、いくら人生経験が浅く、ろくに異性との交際経験がなく精神的に未熟であるとはいえ、そんな中学生みたいな真似は到底できない。できるはずがない!

 正直なところ、書いて良いものなのか煩悶したし、公開して良いものなのかも迷った。だが、私の心に感じたことを率直に吐露することにした。数年後、数十年後どんな境遇にあるのかわからないが、読み返して、この夢のような時間をなつかしく思い出す時が来るだろう。胸に込み上げるものがあるだろう。

 つうか橋元って誰だよ。そんな奴は知らん。

 

5月13日(水)

 日経平均株価、終値最高値更新記念パピコ。6万3272円。

 

5月14日(木)

 午前、起床。先日スーパーで購入しておいた半額のツナたまごサンドイッチを食べ、知覧茶を淹れて飲む。HYPER SBI 2を立ち上げ株価を監視。

 昼過ぎ、賃労働へ赴く。せっかく麗しのイマジナリー同い年の旧友との食事と語らいを妄想で生み出して夢見心地で楽しんでいたというのに、クソみたいな日常にすべてをかき消される。もう彼女の可愛い顔も声も思い出せない。半分以上消えている。……まあ、全部私の作り出した幻想だから当然であって、そんなものは初めから存在しないわけなのだが。

 

www.aozora.gr.jp

 悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた。

 

正岡子規『病牀六尺』二十一(六月二日)

 

 休憩時間、缶コーヒー(ボス・ブラック無糖)を飲み、カロリーメイト(バニラ味)を齧って空腹を凌いでいると、特徴的な甲高い笑い声が聞こえてくる。先輩社員、畦(あぜ)さんである。

「アヒャヒャヒャヒャッー! オーイ、橋元クン! 何だいそれ? カロリーメイト? そんなので足りるのかい? ところでさ、6月って予定あるかい? ああ、ゴメンよ。聞くまでもなかったね! どうせないんだろう! 家に引きこもって何の意味もない座禅なんか組んでないで、グランピングにでも行かないかい? クルマはオレが出すからさ! ヒャッ!」

「……ぐ、ぐらんぴんぐう? 嫌な予感しかしない……。一応聞きますが、メンツは?」

「ヒャヒャ! オレと、宗像(むなかた)さんと、橋元クンの三羽ガラスさ! どうだい? 気兼ねしない最高のメンバーだろう!」

「全員限界独身異常中年男性じゃねえか……。まあ、楽しそうではありますね」

「ヒャヒャッ! 全員『独身貴族』、の間違いだろう! そうだろうそうだろう! 楽しそうだろう! 当日は手ぶらでOK、温泉入ってバーベキューしながら酒は飲み放題、アクティビティは一切ナシ! CBD吸って星空眺めて最高のチルをキメようじゃないか! ヒャヒャヒャヒャッ!!」

「おお~、いいっすね。俄然興味湧いてきましたよ。ぜひ行きましょう」

「ヒャヒャーッ! そうと決まれば予約しておくよ! ああ、でもでも、ひとつ懸念事項があってね……。ちょうど梅雨の時期だから、天気が悪いと星空が見えないかもしれないんだよ!」

「……畦さん。女の子とデートで行くっていうならまだしも、オッサン三人で星なんか眺めてどうすんですか? 大体、星座とかわかるんですか? 興味ないでしょそんなもん!」

「アヒャヒャヒャヒャッーー! オイオイ橋元クン! オレは『化物語』全話視聴済みだからね! 星座はカンペキさ! ヒャヒャヒャッヒャヒャヒャーーーーッ!!!」

 

5月22日(金)

 日経平均株価、終値最高値更新記念パピコ。6万3339円。

 

5月25日(月)

 日経平均株価、終値最高値更新記念パピコ。6万5158円(前日比+1819円)。

 最近、キオクシアの株価を見るたびに、IPO落選したとはいえ上場後に買わなかった自分をぶん殴りたいと思う。馬券ではないが、あれは買えたわ。絶対買えた(買ってない)。

 

5月27日(水)

 終業後にX(旧ツイッター)を見ているととんでもないニュースが目に飛び込んでくる。SBI証券や楽天証券など日本の証券各社が6月12日にナスダック市場に上場するスペースXのIPO株購入申し込みを受け付けるという。これまで海外市場におけるIPO銘柄の取り扱いはなく、上場後に買うしか方法が無かった。

 SNSでは、あのときあの金融商品や銘柄に10万円投資していたら今いくらになっていたか、みたいな情報がよく流れてくるのだが、エヌビディアやビットコインなど、当時は一般の人々にはほとんど知られていなかったはずで、それらと比べるとスペースXは有名すぎるし話題になりすぎている。想定時価総額は1兆7500億ドル〜2兆ドルと規模がデカすぎる。大きな株価上昇は見込めないかもしれない。が、乗るしかないこのビッグウェーブに。

 

5月28日(木)

 終業後、更衣室に入ると、北海道に新婚旅行に行っていた後輩社員が顔を真っ赤にしながら周囲に詰められている。

「もう結婚したわけだし毎晩ゴムなし生ハメセックスだろ?」「旅行中に中出し孕ませセックス何回ヤッたの?」「上(口)でも下(膣)でも女の中に思いっきりぶちまけるのマジで気持ちいいよな」「特濃ミルク出ちゃった? 北海道だけに」

 無神経極まりない限界ホモソノリで盛り上がっていたが、私は自販機に直行し、缶コーヒー(ボス・ブラック無糖)を買う。

 自分のロッカーに向かう道中、新人の若林が帰り支度もせずにベンチソファに腰かけてスマホをいじっている。

「若田君、帰んないの? 実家住まいだよね? 千葉との境目だっけ? 電車、もう無くね? クルマ持ってんの?」

「若林です……。彼女が会社の近くに住んでるんで、泊めてもらいます」

「……は? 心配して損したわ。どこまでもいけ好かねえ野郎だな。とっとと消えろよ」

「そんな……」

「……冗談だよ。だめだな、俺もここのノリに染まっちまってるわ。悪い(半分本気だけど)。でもさ、そんなことするならここら辺に広い部屋借りて同棲しちゃえば? 家賃折半だったらいけるっしょ?」

「それも考えてるんですけど、最近区内は家賃の相場が上がりまくってて、なかなか手が出せなくて。彼女は住まいに関しては絶対に妥協したくないって言ってるんです」

 ここで、一年間の育児休業からつい最近復帰した先輩社員の富岡さんが缶コーヒーを片手に大きな深い溜め息をつきながらベンチソファになだれ込んでくる。

「ああああ、疲れた。やってらんね。早く辞めてえ。なんて痰火切って辞めたところで他にできることもねえし、会社におんぶにだっこで世話になるしかないんだよなあ。ああ、情けねえ。クソが──。おお、話は聞かせてもらったぞ若林君。いいよなあ、今が一番楽しくて幸せな時期だよ、間違いなく」

「なんか雲行きが怪しいっすね……。富岡さん、愛する妻と子どもが家で待ってますよ。早く帰らなくていいんですか?」

「橋元、独身だっけ? 一生独身も全然悪くないぞ。ってか、むしろその方が良いまであるぞ? 結婚してどうしたいんだ?」

「やっぱ毎日手を繋ぎながら一緒に寝たいですよね。今日一日何があったかをお互い話して、そして寝るわけですが、絶対に彼女より先に寝たくないんです。スピスピかわいい寝息を聞いて、かわいい寝顔を見て、手の甲でほっぺたをさすってぷにぷにしてから寝たいっていう願望があります」

 富岡さんがコーヒーを噴き出し、そして鼻で笑う。

「ハッ! 独り身が板につくと、いい歳こいてここまで拗らせちまうのか!」

「きみらに既婚者の先輩として言わせてもらう。まず結婚は簡単だ、誰でもできる。世の中には物好きな女っていうのが必ずいるもんだ。だから俺も結婚できた。そして見てみろよ、『なんでこんな奴らが』っていうようなろくでなしどもがアホほど結婚して、挙句ガキまで拵えてやがるだろ。相手を選ばなきゃ結婚なんて楽勝だ。そしてこれは特に若林君に言っておきたいんだけど、女は子どもを産むと変わる。マジで変わる。激変する。ホルモンの影響だか本能だか、物事の見方とか考え方が変わるのか何なのか知らんけど。もちろんそうじゃない女もいるんだろう。でもそれは子どもが産まれてみないとわからない。ガチャだよ、完全にガチャ。今俺の家にいる女は別人だ。子どもが産まれる前の、あの頃の嫁じゃない。突然知らない女がいきなり家の中に入ってきて住み始めた、そうとしか思えない」

「いやあ……そこまで言うってことは何か具体的なエピソードがあったということですか?」

「よく聞いてくれた。これ誰かに話したくてしょうがなかったんだよ。つい最近の話なんだけど、仕事終わって、腹が減ってたから帰りにコンビニ寄ってサラダを買ったんだ。家の近くまできてドレッシングは別売りだってことに気づいたんだけど、まあ家の冷蔵庫の中にあるやつ使えばいいやと思ってさ。で、嫁も子どもも寝てるだろうから、それはもう、ゆ~っくりと、静か~に玄関のドアを開けて閉めて台所まで這って、そ~っと冷蔵庫からドレッシングを出して、抜き足差し足おまけに忍び足でリビングまで行って、音を立てないように、シャカシャカシャカ……、3回振ったわけ。バシャバシャバシャッ!!! じゃないぞ? シャカシャカシャカ……だからな? そしたら寝室のドアがスーっと開いて、鬼のような形相で目ん玉ひん剥いた嫁が睨みつけてきて、『うるさいんだけど、マジで。頭おかしいんじゃないの?』って言ってきやがって、いや待てと。ちょっと待てと。俺はドレッシングを振ることさえ許されないのかと。だから帰りたくない。家に」

「……怖すぎる。しかし富岡さん、早く帰らないと状況は悪くなる一方なのでは……?」

「違う。完全に寝静まった頃合い、ノンレム睡眠に移行した頃合いを狙わないと。俺はもう少しここで時間を稼がせてもらう。きみたちは早く帰れ。若林君、明日休みだろ? 今を思う存分に楽しめ。そして祈れ」

「勉強に……なります……」

 

 子どもが一人で学校に行き、塾に行き、夕ごはんも自分で何とかできるようになるのは何歳ぐらいだろう? それまでにどれだけ歯がゆい思いをし、不安と罪悪感に悩みながら暮らさなくてはならないのだろう?

 結局、夫婦のどちらか一人が会社を辞めて子どもの世話をするしかないという結論が出て、その一人とは当然、キム・ジヨン氏だった。チョン・デヒョン氏の会社の方が安定していて、収入も多いし、またそれらすべての理由とは別に、夫が働き妻が子どもを育てるという暮らしが一般的だったからである。

 

「子どもがちょっと大きくなったら短時間のお手伝いさんに来てもらえばいいし、保育園にも入れよう。それまで君は勉強したり、他の仕事を探してみればいいよ。この機会に新しい仕事を始めることだってできるじゃないか。僕が手伝うよ」

 

「その『手伝う』っての、ちょっとやめてくれる? 家事も手伝う、子育ても手伝う、私が働くのも手伝うって、何よそれ。この家はあなたの家でしょ? あなたの家事でしょ? 子どもだってあなたの子どもじゃないの? それに、私が働いたらそのお金は私一人が使うとでも思ってんの? どうして他人に施しをするみたいな言い方するの?」

 

チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(斎藤真理子訳、ちくま文庫、2023年)p.157-159

 キム・ジヨン氏は娘を保育園に連れていった帰り道で、おかずの材料を買いにスーパーに寄り、スーパーの入り口のアイスクリーム店で平日のアルバイト求むという広告を見た。午前十時から午後四時まで。時給五六〇〇ウォン。主婦歓迎。そんな言葉がパッと目に飛び込んできた。今働いている店員も主婦らしい。わざわざアイスクリームを一つ買って食べながら求人広告について聞いてみると、親切に説明してくれた。

 

「ビルの中のお店だから、平日はお客さんも少ないし、寒くなったらもっと暇ですよ。アイスクリームを盛ってると初めのうちは腕がちょっと痛いけど、だんだんコツがわかってくれば大丈夫です」

 

 同じ母親だからか、キム・ジヨン氏が世間知らずだと思ったからか、店員は気にとめてくれたようだった。子どもが保育園に行っている間にできる仕事は多くない、こんなに良い職場はない、いったん広告は取り下げておくから、考えてみて早めに連絡をくださいと言ってくれた。キム・ジヨン氏が夫と相談してみますと答えて帰ろうとすると、店員が言った。

「私も、大学は出てるんですよ」

  いきなりそう言われてキム・ジヨン氏はあわててしまい、それから寂しくなった。頭の中で店員のその言葉がぐるぐる回った。夜遅く帰宅したチョン・デヒョン氏に意見を聞いてみると、彼はしばらく時計を見ながら考えていたが、こう聞き返した。

「やりたい仕事なの?」

 ほんとのところ、キム・ジヨン氏はアイスクリームがそれほど好きでもなかった。アイスクリームに関心もないし、これから外食産業の勉強をしたり、そうした業種の仕事につくだろうとも思えない。それに、まじめにアルバイトしても、正規職になったり、マネージャーになったり、希望する部署で働けるわけでもない。時給はおそらく毎年、最低賃金の上昇分とぴったり同じ額が加算されるだけだろう。未来のない仕事だった。でも、目前のメリットはリアルにキム・ジヨン氏に迫ってきた。平凡な月給取りの家庭で、七十万ウォン近い月収は決して無視できない。保育園以外の育児サービスを受けなくてもよく、適当に育児や家事と両立できる。だから簡単にはあきらめがつかないのだ。

 

 キム・ジヨン氏は十年ぶりに、進路について悩むことになった。十年前には適性と関心が最大の勘案事項だったが、今度はそれよりはるかに多くの条件を考えあわせなくてはならない。

 

チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(斎藤真理子訳、ちくま文庫、2023年)p.178-181

 

5月29日(金)

 日経平均株価、終値最高値更新記念パピコ。6万6329円。

 

ドライオーガズムは本当に実在するのか?

 巷には性に関する情報が氾濫してゐる。だが、男性と女性ではそもそもの身体構造が異なっており、また同性であっても諸々個人差が大きい。地元の国立大学医学部に進学した中学時代の先輩が書いた、解剖実習の際のレポートや手記が医学部のサイトに掲載されていたことがあり、他の医学部生の書いたものも併せて読んだ。実習前は彼らの多くが、医学書に載っている人体解剖図のようにきれいに整った臓器や血管を想像していたが、実際にはその人の性別や年齢や生活習慣、既往歴などによって位置や形や大きさなどが大きく異なっており、発見することすら難しい場合があって、驚き、焦ったと書かれていた。

 性のあれこれは疼痛(とうつう)などと同様に、他者に客観的かつ正確に伝えることは難しい、というより不可能である。そうであるならば、私自身の個人的な経験と所見を書くしかない。

 

www.youtube.com

 東海オンエア制作のYouTube動画『【クイズッッ!】この型、なんの型ぁ〜〜っっ!?!?』(2022年4月16日)は、メンバーの「ゆめまる」が真空成型機を使っていろいろな物の型を取り、その型が何の型であるかを回答メンバーが当てるという企画である。

 その第三問(3:57~)にエネマグラが登場する。が、誰もエネマグラを知らず、取られた型を見てワインオープナー(コルク抜き)などと回答。詳細は後述するが、アダルトグッズとして扱われるためか、動画にはYouTube側から年齢制限がかけられている。

ja.wikipedia.org

 エネマグラとは何か。本家のアネロス社サイトから引用する。

www.aneros.co.jp

 アネロスは米国、High Island Health LLC(アネロス社)の米国在住日本人のジロー・タカシマ博士によって開発、発明された医療器具です。男性用アネロスはPC筋と肛門括約筋の運動を併用し、前立腺マッサージを行い、性機能を改善し、未知のオーガズム(ドライオーガズム)を誘発します。

 1960年、米国テキサス州ヒューストンにて、ある医療関係者のパーティーで前立腺の諸症状に特効薬や効果的な方法がないことが話題になりました。そこでパーティーの出席者の一人であったジロー・タカシマ博士はこの話に参加し、セルフでできる前立腺マッサージ器の開発に取り掛かりました。
 それから30数年の長い研究の末、1996年、米国で初代アネロス前立腺マッサージ器(当時はProstaterという名称)が開発、発表されました。このアネロスは人間解剖学に基づき、非常にデリケートな下半身に負担なく、蠕動運動を利用し有効なマッサージが行なえるものでした。蠕動運動は人間の体内の筋肉が伝播性の収縮波を生み出す運動のことです。アネロスの使用により、不随意筋が無意識で動き出し、ハンズフリーでセルフ前立腺マッサージが容易にできます。この男性用前立腺マッサージ器アネロスは1999年日本に上陸、発表され大ブームを巻き起こしました。

 初めは前立腺炎や前立腺肥大症の患者がひとりで前立腺マッサージを行えるようにするための医療器具として生み出されたものであった。しかし、使用者から副作用として射精を伴わずに繰り返される強烈な性的快感と絶頂、すなわちドライオーガズムを得られるとの報告が相次ぎ、現代風に言うならばセルフケア・プレジャーアイテムとして広く販売することになった。

 アネロスの公式サイトにはドクターズボイスと称して泌尿器科医からの解説文も載っている。

www.aneros.co.jp

 さて、読者諸氏はお気づきだろうが、アネロス社ウェブサイトの文章、あらゆる記述には、エネマグラという名称は一切登場しない。

ja.wikipedia.org

 理由はウィキペディアに詳しいが、本家本元のアネロス製品の日本における販売は、代理店契約を結んでいた有限会社光漢堂によって行われていた。代理店契約終了後にエネマグラの商標を巡って両者は訴訟に発展したが、日本においてエネマグラ普及に貢献したのは光漢堂であって、アネロス社は使用不可との判決が2011年に出される。以後、アネロス社は世界統一ブランド名である「アネロス」を使用している。

 アネロスのサイトを見ると、「アネロス以外はただのおもちゃさ!」「アネロスは前立腺マッサージ・ドライオーガズムの元祖メーカーです」「現在、エネマグラはアネロス社とは全く関係の無い、アネロスの模倣品又は偽造品を指します」と書いてあり、それは事実である。が、日本においてはエネマグラの名称が完全に定着している状況である。

 一方の、エネマグラの名称使用権を得た元販売代理店、光漢堂のエネマグラ公式サイトを見てみよう。

enemagra.co

「日本人に合わせたサイズ設計」「もっと日本人にあったサイズ作りを」「“日本人が使いやすい商品”をコンセプトに」「エネマグラを永く愛していただき25周年を迎えることができました」など日本人の体格に寄り添った商品設計と、日本で長く販売を手掛け普及させてきた自負を前面に押し出している。たしかに、アネロス製品は元祖とはいえ少し大きすぎる傾向があり、これは欧米人向けだろと私も常々思っていた。

 なお、両社製品とも米国FDA認証資材使用とか医療用樹脂使用などと謳っているが、医療機器として承認されたものではなく、使用はあくまで自己責任である。

 

 ……はい? 歴史はいいからお前はドライオーガズムに至ったのか、どれくらいの快感なのか早く教えろって?

 

 まあそう焦りなさんなって(笑)。こういう背景知識が快感の度合いを高めたりもするんじゃないですか?(笑) それにドライに至るには焦りと緊張は禁物らしいですよ(笑)。 リラックスリラックス(笑)。

 

 私は普段エネマグラEX2を愛用しているため、アネロス社には申し訳ないが以降はエネマグラで表記を統一する。

 私のエネマグラ歴はもう10年を超える。前立腺という臓器が存在することは知っていたが、そこを刺激することで快感を得られることは知らなかった。FANZA(旧DMM.R18)で回春エステモノなどを見ていると、女優が男優のアナルに指を入れて前立腺マッサージをしているプレイが目に飛び込んできた。

 指を挿入された男優は深い吐息を漏らす。気持ち良さそうである。女優が指の腹を使ってクニクニと前立腺を刺激し続けると、それがやがて呻き声に変わり、最後は獣のような叫び声を上げながら絶頂する。中には、ペニスには一切触れられていないにもかかわらず射精(俗に言うトコロテン射精)してしまう者もいた。演技だと思った、疑似精液を使った演出だと思った。しかし、快感に悶えるその様は、あまりに真に迫っていた。調べてみると、前立腺への刺激で性的快感が得られることはタントラ哲学においても知られており、射精には必ずしもペニスへの刺激や勃起を伴う必要はないこともわかった。

「次はこれ入れてみよっか」女優は不思議な形をした器具を手に取る。エネマグラである。エネマグラを挿入された男優は呻き声を上げる。女優が男優の乳首を指でつまんで刺激し始めてしばらくすると、男優は絶叫と共に腰を浮かし、痙攣しながら絶頂する。射精はしていない。「ドライでイっちゃったね」と女優は嬉しそうに囁く。ドライ? なんだそれ? ビールの名前か? 調べてみると、射精を伴わず(ドライ)、女性のオーガズムのように強烈で幸福感が長時間持続し、射精後不応期、俗に言う賢者タイムのような終わりがなく何度も押し寄せる(マルチプル)絶頂があるらしい。嘘くせえ。だが、演技というには、やはり真に迫り過ぎている。

 こういう場合、素人投稿サイトの動画を見てみると良い。海外のサイトで検索してみると、ある動画に辿り着く。白人男性が自宅の寝室ベッドでエネマグラ(動画にはアネロスと記載)を挿入してドライオーガズムに至る様子が撮影されたもので(紹介したいがはてなブログではアダルトコンテンツの紹介は禁止されているので見たい人はこっそり教えてください)、私はそれを見て驚愕した。某宗教団体の某尊師が空中浮遊に至る前段階、「瞬間的に尾てい骨から頭頂に向かって、神秘のエネルギーが吹き上がったと思うやいなや、ゴム毬のように体が跳ねだした」のと同じように、ベッドの上で仰向けのまま激しく飛び跳ね、痙攣し、獣のような雄叫びを上げて射精を伴わずに何度も絶頂する様が収められていたのである(ちなみに彼は存分にドライを楽しんだ後、ウェットで〆ていたが、やはり絶叫しながら射精していた)。大の男がこんな状態になるほど激烈な快感を得られるのか? これもう神秘体験だろ。

 これはぜひ自分も体験してみたい。だが、ケツにあんなもんブッ刺すなんてできねえよと、アナルは排泄器官だよと。

 自分で一歩を踏み出す勇気は無い。であるならば、その道のプロに頼めばいい。風俗店の体験動画の検索欄に「М性感」や「前立腺」などのキーワードを入力して片っ端からあたっていく。見つけた、これだ。前立腺マッサージに特化した店を発見する。動画を見てみると、男性が強烈な快感に顔を歪ませて絶叫しながら絶頂している。この店では風俗嬢をセラピストと呼称していた。このひとにしよう。体験動画に出演しているし日記の更新もマメだし丁寧だ。

 某月某日、私は渋谷区道玄坂のホテルの一室にいた。チャイムが鳴ったのでドアを開けると、そこには抜群のプロポーションの40代のとんでもねえ美人セラピストが立っていた。

「はじめまして。わたしは着替えるので、お兄さんはシャワーを浴びてください」

 丹念に身体を洗って腰にタオルを巻いて浴室を出ると、ナース服に着替えたセラピストとソファに身体を寄せ合って座る。

「問診表に記入お願いします。恥ずかしがらないで、正直に書いてね」

 まったくの未経験であり、すべてをセラピストにゆだねる旨を記入する。

「えー、動画見て初めてだけど勇気を出して来てくれたんだ! しかも指名してくれてありがとう! じっくり開発していこうね!」

「まずは直腸洗浄するので四つん這いになってね」

「いや、え? めちゃくちゃ恥ずかしいんですが……」

「大事なことだから、ねっ?」

 セラピストはスポイトのようなものに少量のぬるま湯を取って私のアナルに入れる。ごく少量だったため、液体が注がれている感覚はほとんど無い。

「じゃあトイレに行ってもらって、ウンチをする要領で出してきてね」

 言われた通りにトイレに行っていきむと、プシュッとぬるま湯が噴出される。これは浣腸ではないことに留意する必要がある。イチジク浣腸などの浣腸液や多量のぬるま湯で直腸洗浄を行うと排便が促されてしまうため逆効果である。排便後、便意が無い状態で、少量のぬるま湯で行うことがポイントである。

「まずはパウダーマッサージするから、ベッドに寝てくださいね」

 パウダーマッサージ、寝てしまいそうになるくらい気持ちが良い。

「前立腺の感度を高めたり、感覚を捉えるためにはリラックスすることが大事なの」

 セラピストの指が私の乳首に触れる。思わず声が出る。

「あっ」

「乳首感じるひと? いいね。乳首と前立腺はリンクしてるから、オナニーするときは必ず乳首も触るようにして感度を高めてね」

「じゃあ、指入れるね」

 セラピストは私の腰の下に防水シートを敷く。ペットシーツのようなものである。

「あ、え、き、緊張します……」

「力抜いて~、入れるよ~」

「う、うわああああああああ!」

 これは本当に人間の指なのか? 人差し指なのか、中指なのかはわからない。だが挿入されると同時に前立腺がしっかりと押さえられ、どーんと重い感じがする。同時に強制的に勃起してしまう。

「初めての人は苦しい感じがする人が多いんだけど、どう?」

「い、いや……めちゃくちゃ気持ちいいです……」

「すごい、お兄さん才能あるかも。自分で乳首触ってみて。好きなように腰も動かしていいよ。声も思いっきり出して。自分を解放してね」

「う、うわあああああああああッ!!!!」

 ションベンはうあ~♡しそうになる。これが意志と表象としての世界なんですか?

「気持ちいいね~、前立腺液が押し出されてきちゃってるよ?」

 ペニスを見てみると、よだれかっつーくらいカウパーが尿道口からダラダラと垂れている。

「次はエネマグラ入れてみよっ。初めてだからEX2がいいかな」

「なんかカッコいい名前ですねって……う、うわああああああああッ!!!!!」

 にゅるんと挿入されたエネマグラEX2がピンポイントに前立腺を刺激してくる。アナルを緩めても気持ち良く、その快感でアナルは勝手に締まるのだが、同時にEX2も引き込まれてまた前立腺を刺激するというループである。

 強烈な快感に呻き声を上げていると、セラピストが私の隣に横たわって脚を絡ませてぴったりと寄り添ってくる。指で乳首をつままれる。

「きゃあああああああああッ!!!」

 絶叫、意図しない絶叫である。

「気持ちいいね~。男の子の悶えてる姿とか喘ぎ声ってたまんないんだよね~」

「まだドライじゃないね。射精感高まってきたでしょ? 早く出したいよね? でもドライでイクには射精感を追っちゃだめ、ひたすら前立腺に意識を集中して。あと、アナルを締めすぎてエネマグラを引き込みすぎてもだめ。緩め過ぎず締め過ぎず前立腺に意識を集中してると、勝手に蠕動運動が始まってドライでイケるから」

 そんな無茶な。とてもじゃないがそんなこと一朝一夕じゃ……。

「でも普通のオナニーより気持ちいいでしょ? 前立腺の感覚は掴めてるね。じゃあウェットで気持ち良く射精しちゃおっか?」

 セラピストがローションを手に取り、亀頭をこねくり回しながら、怒張したペニスをリズムよくしごきあげる。

「いいよ~、好きなタイミングで思いっきり射精(だ)しちゃって」

「う、うわああああッ!? 射精(で)るッ!!!! 射精(で)ちゃう!!!!」

 通常の射精とはまるで違う、強烈な射精。脈打つペニスと連動してアナルが締め上げられ、エネマグラが直腸内に引き込まれ、前立腺もろとも、内臓が飛び出るかと思うほどの激烈射精だった。

「気持ち良かったでしょ?」

「これは……マジでヤバすぎる……。確信しました……ドライオーガズムはありますね」

「あー、でも今みたいに射精感追っちゃうと、ドライは遠のくからね。まあ、ドライじゃなくても、いろんな効果あるみたいだよ。お客さんの中には70歳のおじいちゃんもいるんだけど、身体が軽くなって、頭もスッキリして、朝勃ちするようになったんだって」

「自分でエネマグラ買って開発続けてみて。でも、たまにはお店に遊びに来てね。みんな自分で開発するようになっちゃって全然お店に来てくれないから(笑)」

 

 ──というのが私の妄想である。

 興味を持った方には「EX2」をおすすめしたい。現在販売されているものは旧型よりもヘッドが小ぶりになっており、より初心者に最適になっている。上級者や玄人も、結局EX2に帰ってくると言われるほどの名器である。

enemagradryshop.com

 アネロスなら「MGXトライデント」一択だろうが、どうも大きすぎる気がする。太さ・大きさ・長さは快感に比例しないように思われる。

 ちなみに前述の東海オンエアゆめまるが購入した製品はまったくのパチもん、模造品であり、おすすめしない。買うならエネマグラかアネロスで。

 などと偉そうに言っておきながら、私はいまだにドライ未達である。だが、イケる人はイケるだろうなという感じはしている。ただし、それはエネマグラを使用した前立腺マッサージによるものであって、催眠だとか会陰部のみのマッサージによるドライオーガズム到達に対しては、私は極めて懐疑的な立場を取る。エネマグラの脚の部分には引き込まれ防止と共に、会陰を刺激できるよう設計されており、たしかに気持ちは良いが、エネマグラとセットで初めて効果を発揮すると思う。

 

 ……はい? わたし女なんですけど……って? ……オンナ子どもがこんなとこ来るんじゃねえよ! 

 ──とでも言うと思ったか? 安心して欲しい。女性でもエネマグラは「使える」んです。そう、膣に挿入して前立腺を刺激します。これはエネマグラ、アネロス両社も推奨しています。アネロスからは「ヴィヴィ」という膣に挿入して前立腺とクリトリスを同時に刺激する製品も発売されてます。

 

 ……はい? 女に前立腺はねえだろ、ふざけるなって? じつに良い質問ですねえ……。

 実際、1880年になるまでは、女性の前立腺を構成している腺と導管に関する医学的な見解に変化はなかった。それまで、女性にも前立腺があるというのは一般に受け入れられていたのである。

 アメリカの産婦人科医アレクサンダー・スキーンの記述が変化のきっかけだった。それが、女性前立腺の名称も変えてしまったのである。

 

 それ以来、女性に前立腺があるという考えはすたれてしまった。

 

 それだけではない。女性の前立腺は名前の上で降格されたのと同時に、なんの機能も果たしていない痕跡器官だと分類されてしまったのである。

 

 それでも、女性には前立腺があり、生殖器官としてちゃんと機能している。

 

 男性の前立腺には女性の前立腺にない何かがあるというのだろうか。男性の前立腺の存在が認められて、女性の前立腺の存在が疑われるのはなぜなのか。男性の前立腺は、基本的には、小さなクルミかクリの実のような構造体で、膀胱の出口で尿道をとりかこんでいる。ヴァギナを通して触り、刺激できる女性の前立腺とは違って、男性の前立腺は直腸からしか触れない。膀胱と直腸のあいだに位置しているからだ。直腸を通して前立腺を刺激するのは、多くの男性にとって性的快感の重要な一部となっている。性交のときの前後運動でも間接的に刺激され、射精のあいだにペニスの根本で脈打つのを感じとることができる。男性前立腺を刺激すると、前立腺液が射出される。女性の前立腺と同じように、腺と導管と平滑筋とでできている。

 

 男女の前立腺の違いは、腺と導管の数と分散具合である。

 

 研究では、腺と導管が膀胱の出口の辺りに集中している人や、尿道口のそばに集中している人、尿道に沿って比較的均一に配置されている人など、三つのタイプがあることがわかっている。いくら時間をかけても自分のGスポットを探り当てられない女性がいるのは、おそらくこのせいだろう。ヴァギナ前壁の一カ所に性感が集中している女性もいるが、もっと広範囲にわたっている女性もいる。なかには、前立腺組織がほとんどない女性もいるだろう。それも不思議ではない。一人一人違っているのだから。

 これまででいちばん大規模な研究では、90パーセントの女性に前立腺組織の存在を確認している。三つのタイプのうちいちばん多い(66パーセント)のは、組織が尿道口の近く(ヴァギナに入ってすぐのあたり)に密集しているものである。膀胱出口近くに偏っている人は10パーセントだけで、残りは尿道全体にわたって分散していることがわかった。さらに8パーセントの女性は、前立腺組織が「未発達」と分類された。この結果を見ると、大多数の女性がGスポットを探り当てられずにいるのも当然のようだ。なにしろたいていの手引書ではずっと奥の、しかも一カ所だけを探すように指示しているのだから。

 ヴァギナ前壁と尿道全体に勃起と性感の可能性があることを知るほうが、快感を求める女性(と男性)にとってはずっと役に立つだろう。

 

キャサリン・ブラックリッジ『ヴァギナ 女性器の文化史』5 愛の液の世界

(藤田真利子訳、河出文庫、2011年)p.324-330

 要するに女性にも前立腺はある、あるが、Gスポットと呼ばれているそれは個人差が大きく、探り当てることや快感を得ることは男性よりも難易度高い、ということか。まあ桑田佳祐もマンピーのG★SPOTとか言ってるしあるんじゃないですか。エネマグラで膣から刺激できるんじゃないですか。

 

 しかし私は女性がエネマグラで快感を得られるとは思えない。むしろウーマナイザーとかirohaのほうが気持ちいいのではなかろうか。

www.womanizer.com

iroha.com

 

 そこんとこどうなんですか? 女性読者のみなさん。私は男なのでわかりません。ぜひ教えてください。教えてくれないならみなさんのカラダを使って無理やり試させてもらいますよォ……(ニチャア)。ペロペロォ!!!

 

 野郎は早く俺の視界から消え失せろ!

 

 

付記

 前立腺マッサージにはリスクを伴います。筆者はいかなる責任も負いません。

anond.hatelabo.jp

first-clinic.jp