最終面接

{ノックして「どうぞ」返答「失礼致します」と言ったのち入室、鞄を所定の場所に置いた後、椅子の右側に立ち(通常は左側に立つが事前に右側に立って自己紹介するよう控え室で事前に指示)、自己紹介したのち着席}

(随分面接官との距離が遠いな。恐らくこれは声量を確かめるため、面接官の権威をいやが上にも高め学生をお怖じ気させるための……)

「ノブゴロドさん! わざわざ最終面接に遥々東京からお越し頂いたということで、弊社に入社していただく意思が十分おありであるということは、私も十分承知してはおりますので、今回は確認だけです。 宜しくお願い致します!」

「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」:(椅子に座ったまま一礼する)

(気をつけろ! こいつは「確認だけ」と言って油断させるつもりだ! その手には乗らんぞ!)

「では、前回もお話ししましたが、勤務地、つまり配属先ですが、希望が必ずしも通るわけではありません。そのことは了承して頂いていますか?」

「はい、前回の面接でもお話ししました通り、私はどこに行っても全力を尽くす所存です。このことは全く揺るぎません」

「ご両親にはそのことはお話ししましたか? ご両親は何と?」

「『そうか、地元になりゃ一番(いっばん)良かがそいばっかいは仕方なか。東京よりは近えし、いいんじゃなかか?』と言っていました。そもそも東京の大学に私を進学させた時点でもう戻ってこないという覚悟はできていたのではないしょうか」

「うんうん、でも九州はいいところですよね。私もたまに東京へ出張で行きますけど、あそこには住めないですね、とても。あそこは人間の住む所じゃありませんよ」

(ふざけるな! 俺は現に住んでいるんだぞ!)

「では、時間もありませんので次の質問に移ります。あなたにとってコミュニケーションとは何ですか?」

(ちくしょう! このくそったれめ! 「確認だけ」などとと言いやがって。大体貴様のその髪はなんだ! ポマードか! へ、へ! 流石に社会人様は違うねえ! デキる男! よっ、エリート人事! ふzくぁけるな! )

「さすがに最終面接だけあって難しい質問ですね……」

(面接官が苦笑い)

「やはり、目と目を見て直接話すということではないでしょうか。例えばこんな風に(面接官から目線をそらし、床に落とす)して喋っても、相手には伝わりませんから」

(くそったれ! 何てザマだ!)

「なるほど、素晴らしいですね」

(馬鹿にしやがって!)

「では、次の質問です。前回の面接で、あなたに部下を好きなだけつけることができるとしたら、何人くらい欲しいかと問いました。ノブゴロドさんの答えは組織の上に立つ人間として素晴らしいものでした。(私は100人と答えたのである。100人の中から優秀な人間をリーダーにして、私は全体を統括すると答えたのだ。それまででこのような回答をした者はいなかったらしい)では、あなたがリーダーになったとき、部下をどう指導しますか」

「一方的に上から押さえつけるのではなく、よく話を聞き適切なアドバイスを与えることが重要であると思います」

「全くその通りだと思います。素晴らしいです」

このとき私は完全に心の緊張を解いたのだった。就活は楽勝。内定は頂いたと思ったものだ。

「時間がありません。最後の質問です。弊社に入社したと考えてください。あなたの先輩、営業成績1位の先輩が、極めてグレーゾーンなことをして契約を取っていたとします。あなたはどうしますか?」

(当然だ……)

「もちろん注意します。『先輩こんなことして大丈夫なんですか?』と」

「『いいんだよおノブゴロド、成果さえ上げれればなあ!』と言って来たら!?」

面接官は嫌な笑顔で私に攻め寄ってきたものだ。

(こいつは役者か? 演劇部員か?)

「上司に報告しますかあ? 職場の雰囲気が崩れてもお?」

「わかりません。難しい問題です」

「実は弊社には、不正を通報する窓口があるんです。もしそれがあることを知っていたらどうします?」

「そりゃあ、通報します」

「なるほど。いや、ある意味究極の選択なんですよ。そういった不正を声高に糾弾すると、職場から疎まれるかもしれない。しかし、特に金融という世界では、やはり信用が大切なんです。いや、金融だけではない。それは、これからの社会でも大切なことですので、覚えておいてください」

(しまった!)

そうだ、今、我らの主人公ノブゴロドの脳内には、りそな銀行社員が取引先から個人的に資金を集め、運用し、莫大な損失を出したために自殺したニュースが頭をよぎっていた。

(しまった! この解答は失敗だ! きっぱりと不正は許さないと言うべきだった! 顧客から預かった金雄運用する重大な責任を負った者ならば……!)

「では、以上ですべての選考を終わります。結果は二週間以内に通知します。お忙しい中お越しいただき本当にありがとうございました」

「はい、ありがとうございました。色々と勉強になりました。本当にありがとうございました……」

勉強になった。なんと嫌な言葉であろう。仕事と勉強は違うのだし、何と媚び諂った薄汚い奴隷根性丸出しの言葉だろう……。

失意のうちに退出した彼は、社員とすれ違った。

(一応お辞儀しておこう。こういうところも見られてるからな……)

 

ノブゴロドは東京へ帰った。彼の数少ない仲間たちにこう告げた。

「まあ、確認だけだって言ってたし、大丈夫じゃないかな?」

 

 

 

 

–––二週間後

 

「これまでの選考内容をもとに慎重に検討した結果、 誠に残念ではございますが、貴意に添いかねることとなりました。今後も、健康には十分ご留意ください。納得のいく結果が得られますよう、心よりお祈り申し上げます」

 

交通費は10万円以上かかった。最終だから紙で寄越すと思ってた。でもメールで、コンピュータで自動的に生成されたメールで寄越してきただけだった。

 

 

故郷の母へ、彼は電話をかけた。

「厳しいなあ、でも、仕方がない。あんたの好きなようにしなさい。お父さんは、帰ってきて欲しいって、ずっと言ってるけどね。あんたがそこの会社の最終面接だって言ってた時も、お父さん、一生懸命パソコンで調べよってねえ」

 

父からのメール

「今お母さんからメールが入りました。最終まで行ってたから大丈夫かなと思ってましたが……なかなか厳しいな! めげずに次にトライしてください!」

 

 

僕が何より腹が立つのが、こうした光景は、日本中の至ることで見られるということだ。こんなことシュウカツ中の大学生なら「フツウ」のことなのだ。俺だけに固有の体験じゃないんだ。俺は女にもモテないし童貞だし、就職弱者なのだ。でもそんなやつごまんといるんだ。君たちは僕に、「もっとそのとの世界を知れ」と言う、が、冗談じゃない。俺はいつだってそうしてきたし、俺は自分が輝けるように生きてきた。

彼女はこう言ったんだ。

 

「あ、うん。じつは哲学科の人と先月から付き合ってて––」